ハサンの決断
こうしてターヒルは語った。以前、魔術師から聞かされた話を。ハサンは驚いてそれに耳を傾け、そして聞き終わった後、まじまじと珠を見つめた。
「この珠がそんな――。あ、するとひょっとして、おれが大きな鳥を呼べたのも、この珠の仕業なのだろうか」
「そうかもしれない。ならば持っておかないほうがいい。珠が、何か大きな力を持っているのなら、それがおまえに返ってくることもあるかもしれない。そしてあの魔術師が言っていた知り合いのように……」
アジーズが諭すように言った。ハサンは聞いているのか聞いていないのか、ただ、じっと珠を見つめていた。
「……なあアジーズ。おれは思うんだ。もしこれがその珠なら、どうしておれは小箱を開けることができたんだろう。そんな強い封印がされている小箱を……。おれは、何か特別な力でもあるんじゃないか?」
「ハサン」
アジーズが重い声音で言ったが、それを無視するようにハサンは続けた。
「おれは特別な力を持っていて、この珠を使いこなすことができるんじゃないか? 鳥を呼べたり、他の動物たちを操れたり、他にも天気や海や風だって……。――おれはその、おかしくなった魔術師とやらとは違うよ」
「ハサン!」
アジーズが大きな声を出した。女王もまた呆れたように言った。
「何を言ってるのですか。おまえにそんなことができるわけがない。何度もいうように、その珠は私のものなのです。今すぐ返すのです」
「女王様」ハサンは女王のほうを向いた。その目には何か思いつめたような色があった。「申し訳ございませんが、これがあなたのものであるという証拠は? 何を持って、ご自分のものだと主張されているのでしょう」
「――馬鹿げたことを!」
女王は吐き捨てるように言った。「証拠なぞなくても……これはわたくしのもの。確かにわたくしのものなのです。あなたごときに扱えるような代物ではない」
「ハサン、返すんだ」
冷静な、アジーズの声がした。「おれも、それはおまえの手に余るものだと思うよ。返したほうがいい。こんなものと、関わり合いにならないほうがいい」
「でも……」
落ち着いた、芯の一本通ったようなアジーズの声に、ハサンは何か、心を動かされたようだった。迷いの様子を見せたその表情に、さらにターヒルが声をかけた。
「ハサン! 返せ! いいか、人のものをとってはならん!」
「いや、人のものと言っても、その証拠が……」
ハサンはそう言って、仲間たちを見た。ここ何日か、苦楽を共にした仲間たちの顔がそこにはあった。アジーズは冷ややかな目をしてハサンを見ていた。ターヒルは怒っていた。船長は戸惑っていて、他にも、不安そうな顔、苛立った顔、途方に暮れた顔、怯えた顔、様々な顔があった。様々な顔ではあったが、みな、早くこの一件を解決したい、ここから出て行きたい、という気持ちは共有しているようであった。ハサンは再び、珠を見た。珠は白く、今は発光も発熱もしていなかったが、それでもその内部にくるくると様々な色彩を見せており、ハサンをどこかへ誘っているようにも見えた……。
……少しの間、沈黙が続いた。そして、ハサンは決意した。彼はぎゅっと珠を握ると、それを持って女王のほうへ近づいた。そして女王に、にっこりと微笑みかけた。これぞハサンの真骨頂、これまで数々の女性たちを魅惑し、味方にしてきた、美しい笑顔だった。
「女王陛下」ハサンは言った。優しい声だった。多くの女性がその耳元で聞かされ、うっとりした声だった。「――失礼いたしました。私が間違っておりました。これは――あなたさまのもの。そう、そうなのです。美しいあなたさまにこそ相応しい、その宝玉のような瞳とそっくりな――」そう言って、ハサンはそっと珠を女王に手渡した。珠が女王に触れた。彼女の掌に、それが転がった。女王は珠を見つめ、それから、それを強く握りしめた。女王の顔が綻び、それが笑いの表情となった。その口が開き、そこから笑い声が溢れた。それは室内を満たしていった。最初は可憐な美女の笑いであったが、それは次第に変質し、高くなり低くなり、女のものとも男のものとも思えないものになっていった。
それと一緒に、握りしめた女王の手から不思議な光が放たれた。光は徐々に大きくなり、部屋を白く染め始めた。笑いと光との中で、どこからか風も吹き始めた。ハサンは恐怖を感じて、女王から一、二歩離れた。何が起こっているのかわからなかった。仲間たちがどうなっているのかもわからなかった。
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