闇に光るもの

「女王は明日には解放してくれるようだが……」


 船長はそう言って言葉を濁した。果たして、本当にそうなるだろうか。


 一行は少しの間、落ち着きなく室内を歩き回っていた。扉には鍵がかけられていた。窓は小さく、人間が一人通り抜けることができるくらいだ。部屋は上階で、地面までは遠い。つまり、抜け出すことができないのだ。


 嫌な空気が部屋に立ち込めた。


「その気になれば、逃げだすこともできるかもしれないが……」


 窓から顔を出しながら、アジーズが言った。ターヒルが聞いた。


「どうやって?」

「例えば、みなの着ているものをつないで縄のようなものを作って、それを使って、窓から下に降りるとか……」


 聞いていた仲間たちが色めき立ち本当に実行可能かどうかと、話し始めた。それを見ながら、ターヒルが言った。


「しかし、ハサンはどうするのだ」


 そうなのだ。ここで抜け出せても、ハサンを置いていくわけにはいかない。この王宮のどこかにいるであろう彼を探し、また彼も救出せねばならない。ハサンは船上ではあまり役に立たなかった。けれども愛嬌があり、憎めないところのある奴で、こんなわけのわからない島に置いていくのは、さすがに酷だろうと思われた。


「……この部屋から抜け出すことができたところで、敵の手中にあるのは変わりない。いくらもいかないうちにすぐにまた捕まってしまうだろう」


 アジーズがそう結論づけた。意気消沈の空気が広がったが、異論を唱えるものはいなかった。


 時間がゆっくりと進んだ。辺りは次第に暗くなり、腹も減ってきたが、誰も食事を持ってこなかった。一同は部屋のあちこちに散らばって座り、そして口数が少なかった。


「ハサンはどうしてるかなあ」


 唐突にアジーズが言った。「やつはすっかり女王に気に入られたようだが。今頃二人で楽しくやってるのかなあ」

「そういえば、話がしたいと言っていたな。……食べ物も出てるのかなあ……。出てるだろうなあ……」


 ターヒルは力なく言った。きっとご馳走なのだろうと思った。唾が湧いてきた。しかし、こんな得体の知れないようなところでは、どんなご馳走が出るのだろう。あまり嬉しくないようなものかもしれない……。


「やつに期待をかけるしかない」


 船長がため息まじりに言った。そちらを向いてターヒルが返した。


「期待、とはどういうことでしょう」

「やつは女王に気に入られていた。やつが女王をうまく懐柔して……我々をここから無事に出してくれるように、と」

「なるほど、ハサンの手腕にかかっているわけですな」


 アジーズが笑った。ターヒルはいささか心配な気持ちになってきた。こんな重要なことがあのハサンにかかっているとは……。いや、「あの」などと言うのはよろしくないが。


「ハサンも災難だったな。女王に気に入られるとは。しかし、やつは女が好きだし、女の扱いも心得ているようだ。ここはやつの女たらしぶりにかけるしかないな」


 陽気なアジーズの声に仲間たちも笑った。ターヒルは一人、大変真面目な顔をして、かみしめるように言った。


「顔がよかったり、女性にもてたりするのも時には考えものだな」ターヒルは言いながら、うんうんと頷き、気に入られたのが自分ではなくてよかったなあと思ったのだった。


 ――闇が深まり、室内はさらに暗くなっていった。そのうちに、窓からなにやらうっすらと光が差していることが判明した。月でも出ているのだろうかと、船乗りの一人が窓に近寄った。そして驚きの声を上げた。


 その声につられて、他の人間も窓に近づいた。かわるがわる、窓の外を見、彼らは一様に驚愕した。窓の外には、ぽつりぽつりと光が広がっていた。最初は、町の光だろうかと思った。しかし違った。それら光はゆっくりと、まるで生物が呼吸するかのように、明滅を繰り返していたのだ。次第に暗くなり、かと思うと、また緩やかに明るくなる。……その光景を誰もが驚きを持って見つめた。


 ……ここからは動かないほうがいい。この先何が待っているかわからない。ならば、せめて夜が明けるまでは、ここでじっとしているほうがいい。口には出さねど、みなの表情にそのような意思が浮かんでいた。

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