第二十九短編 着せ替え人形

 裁縫が好きだ。趣味の範囲で、だけれど。自分でデザインしてちくちく縫っていく。それは友人のものだったりいろいろだ。


 デザインに煮詰まったときはお気に入りの公園に行く。広い公園で、奥には森と違わない林がある。そこにあるベンチで元絵を描くのだ。


 そして今日もまた、そのベンチでデザインを描く。まだ冷たい風が身体を撫でる。しゃっしゃっ、しゃっと鉛筆を紙にこする音だけが聴こえる。


 そうこの感覚。優しい風と静かな音、それが僕を集中させる。


 しゃしゃっ——。


「ねえ」


 後ろから聴こえた、艶めかしい声が僕を集中から解いた。声の主の方へ慌てて振り向く。そこには長い茶色の髪の一糸まとわぬ女性がいた。


「は、はだっ」


「あなた服、作れるの?」僕のノートを見て彼女は言った。「私の服、作ってくれないかしら」


 震えた声ではいと返した。


 じゃ、あなたの家に行きましょうと言われて、怖くて混乱して何故か自宅に案内してしまった。彼女が誰なのかも何が目的なのかも分からない。ただ怖い。


 知らない人に服を貸すとか嫌だったし、僕は急いで服を作って彼女に着せた。採寸は目測だし、かなりでたらめな出来だ。


 でも彼女は満足したのか、嬉しがっている。その反応は彼女が全くの他人だと忘れるくらいで、僕も嬉しくなった。それと同時にめちゃくちゃな服を作ったことを申し訳なく思った。


「あなたの服、好きよ」


 その一言が僕を服作りに駆り立てた。彼女の言葉にはそんな魔力がこもっていたのだ。


 僕は彼女の服をどんどん作った。パンツやニット、果てには下着まで。彼女が身に着けている全てが僕の手作りだ。


 たくさん作った分相当な時間がかかったけれど、その間彼女は料理など身の回りの世話をしてくれていた。


 服が出来上がるたびに褒められて、それが嬉しくて。


 彼女が誰とか、目的とか分からないけれど、僕は彼女のために服を作り続けるだろう。

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