第二十八短編 黒の中の白

 宇宙を自由に散歩してみたい」とは子供の頃の夢だ。我ながら、幼い自分がなにを言っているのか分からない。なんなんだ宇宙を散歩したいって。


 できるわけないじゃないか。何とかして宇宙に行けたとしても、現代の技術的に自由なんてまだまだ漫画の世界だ。


 幼いといっても、こうしてある程度記憶に残っているくらいだ。多分、小学校高学年くらいの時だろう。高学年——五、六年生の歳と言ったら、そろそろ常識ができていても良い頃だ。


 だというのに、こんなバカ丸出しの夢を掲げた僕は、恥ずかしい奴だったに決まっている。


 まあそれを言ったら、その夢を愚直に追いかけている僕もバカなんだろう。


 この夢は必ず叶える。そう自分自身に誓った。いくら恥ずかしくても、この夢を語っていくらバカにされても諦めはしない。


 そんな僕だからこそ、この場にいる。


 丸っこい形の白いスーツを着て、厳重にロックが掛かった金属製のドアの前に立つ。円形の小さい窓から見えるのは、つぶつぶと半纏のある黒。ただそれだけ。


 それが酷く寂しく感じた。夢終着点がもう少しで手に届きそうだからだろうか。


 今、視線の先にあるのは僕のすべて。


 電子ロックが順々に解除されていく音が、嫌に身体に響いてくる。一回一回、音が鳴るたびに心臓が跳ね上がる。それが嫌にゆっくりと感じられて、早く終わってくれと切に願った。


 ついに最後のロックが外れて、ドアがゆっくりと開いていく。開いたドアの向こうから見えないなにかが、僕の中に入ってくるように感じた。


 ふわりと身体が浮き上がって、僕は外へ飛び出す。


 歩く真似をしてみたり、泳いでみたり、数メートルをくまなく散歩した。


 その中で、心のどこかでさっきのなにかが僕を侵食していた。


 船に戻る時間が迫っていくほどにそれは大きくなる。


 ……夢を叶えたこれから、僕はなにをすればいいのだろうか。


 空虚だ。


 ふと、月が見えた。


 そうだ。今度は月で散歩しよう。


 それまでは、安心だ。

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