第二十七短編 待ち人

 カンカン、とドアをなぶる鈍い音が聴こえた。


 彼だ。ついに彼が帰ってきた!


 私はその音が聴こえた瞬間、読んでいた本を投げ出して玄関へ走った。


「おかえり!」


 勢いよくドアを開けて彼を出迎え、ようとした。


 私の眼前には、本来彼が笑って立っているはずのそこには、彼ではなく制服を着た知らない男の人が立っていた。


「お、お届け物です……」


 初対面の人でも分かるくらいに、私の表情は憮然とした顔だったことだろう。明るかった世界は急に暗くなり、それと同時に周りからじりじりと視界が狭くなっていく。


 届けられた手紙を受け取り、さっきとは対照的にゆっくりと重い足取りで自室へ戻る。


 また、彼ではなかった。次こそはと思っていたのに。


 彼とは私の夫だ。


 勇敢で、堅実で、優しくて、私にはもったいないくらいの人。


 村のはずれにある小さな家で、二人楽しく毎日を過ごしていた。楽しかったけれど、貧しくてその日を生きるのもちょっと苦しいくらいだった。


 それでも私は十分幸せだった。


 けれど、彼はちょっと違ったみたいで、


「少し遠くの街へ行ってくる」


 どうやらその街では、私たちが畑で作っていたものが高く売れるらしくて、彼はそれを売りに行くらしかった。


 そう、彼は生活に不満があったのだ。それは私を楽にしたかったのか、それとも苦しい生活が嫌だったのかはわからない。


 とにかく、彼は家を出て行って、それきり帰ってこない。今なにをしているのかも分からない。


 私はただ彼を信じてその帰りを待っている。それだけ。


 ふと、さっきの郵便物の手紙が視界に入った。


 そういえば、これは何なのだろうか。手紙をもらうなんて珍しい。


 封を切って中身を確認すると、折りたたまれた紙が一枚入っていた。


 そこには一言だけ、


「ごめん」


 そう書いてあった。


 なんでそんなことを書いて送ってきたのかは分からない。


 ただ私はその手紙をぎゅっと抱いて、


「待ってる」


 とだけつぶやいた。

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