第二十六短編 うそ
「死ぬのが怖いんです……」
僕は医者の前でおずおずと口を開く。
いつかは死ぬってことはわかる。けれど死んだら意識がなくなるのか、魂だけの状態になって裁判にかけられるのか、それとも地上をさまよい続けるのか。全然想像がつかなくて、考えて考えて怖くなってきた。
「つまりあなたは死にたくないと」
そういうことですね。と医者は問うた。
そうだ。僕は死にたくない。もし、死なない体ならこんなに怖がることもなくなるんだ。
不死になって恐怖に勝ったときの景色はどれほど明るいだろう。
だから僕は、はいと答えた。
すると医者がなにかをつぶやき始める。
若いし、健康だ……行けるか……? 彼のつぶやきが小さくて聞こえたのはこのくらいだった。
あなたに紹介したいものがあります、と医者はなにかはっきりとした口調でそう言う。
少し待っていてくださいと医者は席を外して、診療室の奥の部屋へ入って行った。
医者が戻ってきたとき、その手には病院に似つかわしくない茶色の紙袋があった。
「これは老化を遅らせる薬です」
嘘だと思った。
そんな薬聞いたことも無いし、そもそも僕は死にたくないのであって老化を遅らせたいわけではない。
それは全くの別ものだ。
本当です。と医者は言う。その顔は決意に満ちたような真剣なものだった。
そしてDNA損傷説がなんとかやら、それを改善するためのなんとかやら、やたらと熱心に語る。
「これで老化を遅らせているうちに、不死の薬が開発されるかもしれません」
医学は進歩しているのです。
その一言で心が動いた。あまりに熱心に語る医者にあてられたのかもしれない。
僕は医者を信じてみることにした。
もう少し詳しい話を聞くと、この薬は朝昼晩に服用しなければならないらしい。そして数が少なく、多少値が張る。
その説明を聞いて、僕は買うことを決めた。
医者は満足げに笑っていた。
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