第十八短編 その先の彼女

 筆を立ててその先にいる彼女を見つめる。筆を線に見立てて、彼女の綺麗な顔を半分に割ってもその美しさは決して損なわれない。むしろミロのヴィーナス的な見方で、さらに綺麗に感じた。


 筆を持ち直してキャンバスに描いていく。僕らは一言も話さないで、彼女はモデルに僕は絵を描くことに集中する。部屋にはザッザッと筆がキャンバスを擦る音だけが響いていく。


 しばらく書くことに集中していて、ふと窓がオレンジ色になっていることに気付いた。もう夕方らしい。


 締め切りは今日の午後八時まで。今は午後四時を回った頃だ。絵の具が渇く時間を考えるとあと使える時間は三時間弱。そのくらいまでには完成はするか。


 ざっと残りの時間を確認して少し余裕が出来た。だからと言ってさぼったりはしないが、心に余裕が出来ることはいいことだ。


 彼女の顔を半分にして、またキャンバスに描いていく。それを繰り返しているうちに時計の針はぐるぐる回転する。そして短い針は数字の八を指し示した。引き戸が開く音がして、客が入ってくる。時間ぴったりだ。


「出来ましたか?」


 黒いスーツを着た男がそう聞いてきた。予定通りに完成したのでそのままキャンバスを手渡す。


「ど、独創的ですね……」


「妻はこれが好きだったんです」


 男は僕の絵を見た瞬間言葉に詰まった様子だった。僕の絵を見た人は皆そうなる。いつも通りなのだ。


「これでお願します」


 男は、当日は出来るだけこれに近い形でお化粧させて頂きます。と言い残し僕の絵を持ってその場を去って行った。


 男と入れ違いで続々と親戚が入ってきた。全員黒い正装をしていて、目元をハンカチで覆っているものもいる。


 重くのしかかる空気が戻って来て、僕の心をぎゅっと締め付けた。

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