第十六短編 こぼれた踊り

 彼女はバレエの天才だ。その美しい容姿と端正な踊りは観客たちをものの見事に魅了していく。そして彼女の本領はその表現力だ。陽気な曲も暗い曲も彼女の踊りはその魅力を最大限に引き出してきた。


 ただ、そんな彼女にも一つだけ苦手なものがあった。悲しい曲だ。彼女の踊りを見る人たちはおそらく気にならないだろう。苦手と言っても十分プロに通用する程度には上手い。これは彼女自身だけが気にしている事案なのだ。


 彼女は陽気な性格でよく笑う。落ち込んだりもする。だが物心ついてこの方、彼女は泣く——悲しい気持ちにはなったことが無いのだ。なぜかは分からないが、それゆえ悲しい気持ちが理解できない。


 よくわからないものを踊れと言われても無理がある。彼女はどうにかしてそれを理解しようとしていた。ついに彼女はスランプに陥り、上手く踊れなくなってしまった。


「好きです」


 舞台に立つ以上の緊張感を持ち、自身の気持ちを伝える。


 彼女は踊れなくなってから、自暴自棄になったように踊ろうとしなくなった。踊りに気を取らなくなった分、彼女は学校での友人が増えた。好きな人も出来た。


 雨の降る中、秘めた想いを伝えたが結果は無残なものだった。その想いを胸に彼女はおもむろに携帯を取り出し、曲をかけ、舞った。


 傘もささずに舞い踊る彼女の姿はとても美しく、そこを通る人々を吸い込んでいった。雨はしとしとと彼女を濡らし着飾っていく。雫のドレスと舞台の雨は彼女が動くたびに舞い散っていく。


 彼女の特別公演はしばらく続き、曲も最高潮を迎え、ついに終盤に入った。静かに曲が終わる。彼女の踊りも終わり、一礼。観客たちもはっと意識を取り戻し、歓声が巻き起こった。


 その時に彼女の頬を伝ったのは涙ではない。

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