第十三短編 灯りを求めて走れ馬
風を斬る音が鼓膜に伝わり、全身に響く。周りには鉄やガラスの残骸、座席と多くの人が上下さかさまになって落ちている。ここでは俺だけが意識を保っているらしい。しかし、俺も他の人たちも等しく亡者。近づく地面には抗えることなく俺たちは黄泉へ行くのだろう。
隣にいる焼死体(仮名)さんにお辞儀をする。この方はおそらく爆発した近くの席に座っていたのだろう。全身丸焦げでもはや焼死体ではなく、人型の炭だ。原型が完璧に残っているのは奇跡だな。ご愁傷様です。いや、俺もそろそろ頭がつぶれて死ぬんだし、他の人たちだってそうだ。みんな揃って一斉に「ご愁傷様」だ。
ふと地面の方を見上げると、そこはゴルフ場だった。うっかり頭がカップの中に入ってホールインワンなどしないように気を付けねばいけないな。そんなことを考えていると、突然ゴルフ場が揺れて蜘蛛の巣になった。
それと共に下の景色の色が徐々に変わり始める。綺麗に整備された芝の鮮やかな緑から、どこか見慣れた灰や黒のちぐはぐへ。いつの間にか蜘蛛の巣は無くなり、そこはゴルフ場ではなくどこかの住宅街となっていた。いや俺はこの景色を知っている。あの真っ赤な家の隣にある今にも崩れそうなアパート。
どこか靄のかかっていた頭が一気に冴えていく。そうだ、あのアパートには彼女がいる。俺の人生で一番大切な人がいるんだ。まだ、死にたくない。彼女のことを強く思い浮かべると彼女が見えてきた。手を伸ばせば届くくらい近い、けどいくら手を伸ばしても絶対に届くことはないくらいに遠い距離。
それでも俺は手を伸ばした。絶対に届くと信じて。関節が外れてしまうくらい腕に力を入れて彼女を求める。
遠かった彼女がこちらに振り向き、笑った。
暗転。
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