第十一短編 一瞬の静寂
僕は人の心が聴こえる。気になるあの子の好きな人が知りたい。友人の本音を知りたい。そんな青春の悩みの解決なんてお茶の子さいさいさ。さぞ羨ましいだろうけどね、別にいいことばかりじゃあないんだよね。この力はオンオフがないんだ。ずっと知りたくもない本音が流れ込んでくる。
人間なんて外面だけ取り繕って中身は醜いものだよ。自分のことばっかりで他人の事なんかどうでもいいって考えてる嫌な生き物さ。こんな奴らじゃあなくてもっと他の動物が地球を取ればよかったのにと何度思ったことか。いや、醜悪な動物だからこそ地球を取れたのかもしれないな。なんて言ってももちろんいいこともある。けど、それが霞んで消えてしまうほど嫌なことの方が圧倒的なのさ。
静かなんて知らない。常にだれかへの悪態が流れてくる。それが僕の世界。そんなの辛いだけさ。でもそんな辛さとも今日でお別れだ。一か月前、月が地球に異様な速さで落ちてくるというニュースが流れた。地下にシェルターを掘る時間もなく、ロケットと飛ばして脱出ということもできない。つまり人類、いや地球上の生物は絶滅さ。
人は追いつめられると本性を現すものだけれど、太刀打ちできない圧倒的な存在が現れるとどうやら違うらしい。本能が死を拒絶しているのか、それとも理解できなくて脳がショートしたのか。人類みんな馬鹿になっちまった。ビルの屋上から見下ろした景色は壮観だぜ? 交通機関は麻痺してみんなゾンビみたいにふらふらしてやがる。
人類がそうなってから人の心は聴こえなくなった。みんなもう何も考えてないんだから当たり前だよな。人類の寿命残り一か月にして初めて静寂ってものを知った。この世界にこんな居心地のいい時間があったなんて知らなかったよ。
真上にある表面が赤く染まったお月様に向かって、ありがとう。
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