14、2

「―――いさん、カイさん、本当に、ごめんなさい、ごめんなさい」


 ライラは、ぼろぼろ涙をこぼしている。どうしてこいつは、いつも、怒れないタイミングで謝るんだ。まあ、怒ってないからいいけど。

「…いいよ、したくてしたわけじゃないんだからさ」

 声が戻ってきた。握られた手が熱い。ライラにれられた部分がからエネルギーが全身に満ちていく。

 いつの間にか、ドラゴンたちに取り囲まれていた。

 マタルやリーフにマーイ。みんなそれぞれに治してくれいているようで、あっという間に傷はふさがった。胸に違和感はあるが痛みはない。失った血液が戻り、心臓が力強く胸を打つ。

 支えられながら立ち上がると、少しふらついたが、自分の足で立つことができた。


「兄ちゃん!」

 顔を上げると、走ってきたのはヒロとソロモンだ。ソロモンに手当してもらったようで、ヒロはぴんぴんしている。俺は胸をなでおろした。ヒロは俺に走りよると、勢いあまって飛びついてきた。まだ足腰に力が入らないので、支えきれずに尻もちをつく。

「良かった! ライラちゃんも元に戻ったんだね!」

 ヒロに顔じゅう舐められるのでくすぐったくてたまらない。興奮するヒロをなだめ、もう一度立ち上がる。

「みんな、ありがとう」

 あたりを見回しながらお礼を言うと、ライラが激しく首を振った。

「カイさんこそ、本当にありがとうございます。カイさんが助けてくれなかったら、私、どうなっていたか…」

 ライラは目に涙をため、言葉を詰まらせている。ソロモンが俺に尋ねた。

「まったく力になれず、すまなかった。しかし、君は一体どうやって彼女の暗示を解いたんだ」

 我ながら短絡的な作戦だが、訊かれた以上答えるしかない。


「なんとかライラが思い出す手がかりになればと思ったんですけど、視覚も、聴覚も決め手にはならなかったので…もう味覚しかないなと思って」

 俺の返事を聞くと、さすがのソロモンも目を丸くした。

「味覚って…ライラはカイの味でも知っていたのか…?」

「私、カイさんを食べたことなんてないですよ!」

 ライラは泣きべそのまま慌てている。

 ライラは覚えていないだろうが、俺は「おいしいです」と言われたのをはっきり覚えているぞ。

 とはいえ、それをここで言えばライラがもっと萎縮するのは目に見えているので黙っていた。

「それにしても、随分無茶なことをしたな。死んでしまっては、ドラゴンたちでも蘇生はできないんだぞ」

「まあ、これだけいればなんとかなるかなって…」

 ドラゴンたちの助けを当てにした作戦だったが、首尾よく即死をけることができた。ソロモンは大きくため息をついて、俺の言葉にほとほと呆れているようだが。


 俺たちが話していると、少し離れたところにラエドが降り立った。

 ラエドは俺を呼ぶと、慇懃にこうべを垂れた。

「カイ、ソロモン、我が子供たちのためによくぞ戦ってくれた。貴君らは我らの恩人だ。感謝の言葉もない」

「いえ、そんなにしなくてもいいですよ…」

 こんな大きなドラゴンに深々頭を下げられるなんて恐れ多い。

 そう思って恐縮していると、おもむろに、ラエドは俺の後ろに目を向けた。俺もつられて振り向く。

 ラエドの視線の先、離れたところにエリシャが立っていた。


 エリシャは、もがれた腕の先を真っ赤に染め上げていた。切断面を抑えた右手の隙間から、ぼたぼたと血を落とている。

 俺は、ざまあみろとも、してやったとも思えなかった。

 エリシャは何も言わず、何かするわけでもなく、ただ眼だけは、憎しみが焼き付いていた。


「さて、あやつをどうする?」

「どうするって?」

 唐突な質問だったので、聞き返すと、

「今ならすぐ殺せる。また我らに仇なすやもしれぬゆえ、ここで討った方が憂いも残らんと思うのだが」

 淡々とした口調でそう言われたので、俺はぎょっとした。

 俺がうろたえていると、ソロモンが答えた。

「それは、あなた方ドラゴンに決定権があると思うが…カイはどう思う」

 ソロモンの言葉にさらに動揺する。

 確かに、それはその通りだろう。仲間を拉致監禁し、服従させられていたのだ。ラエドが報復したいと思ってもおかしくはない。

 でも、どうやら結界は使えなくなったようだし、こんな事件が起きた以上、エリシャと関わりさえしなければ、ドラゴンたちが催眠術をかけられることも、被害に遭うこともないはずだ。

 なにより、俺には人を殺すか否かの判断はくだしかねる。

「べ、別に、殺さなくてもいいんじゃないかな…?」

 おそるおそる反論してみると、ラエドは「ふむ。そうか」と納得してくれたようだったので、ほっとした。ソロモンも、それ以上異論はないようだった。


「では、もうここに用はない。皆、森へ帰ろう」

 そう言って、ラエドは両翼を大きく広げた。他のドラゴンたちも次々に竜の姿になり、飛び立つ準備をする。

「カイさん、みんなでワタリをするのも大変なので、翼で帰ろうと思います。カイさんとヒロさん、私に乗ってください」

 そう言うと、ライラはたちまち竜の姿になった。

「じゃあ、失礼します」

 そう断ってから、ライラの背によじ登った。竜のうろこは思ったより摩擦があり、背にまたがると想像以上に安定した。たてがみにしがみつくヒロが落ちないように、俺は肩腕を伸ばして支えた。

 ライラがゆっくりと翼を羽ばたかせる。強い風と共に、身体が少しずつ上昇していく。


 最後に地面を振り返ると、エリシャが恨みに満ちた目で俺たちを睨みつけていた。

 それを振り切るように前を見る。

「カイさん、では行きます。しっかり掴っててください」

 ライラは前方へ首を伸ばし、推進し始めた。

 俺は、地上を見下ろす。


 50ほどのドラゴンが、一斉に天空へ舞い上がる。

 俺はライラのたてがみをしっかり握りながら目を細める。

  黄金、山吹、翡翠、碧、臙脂、色とりどりのドラゴンたちが、空を鮮やかに染め上げた。

 ドラゴンたちはゆっくりと、確かに、故郷へ向かって空を翔けた。



 

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