13、進退
13、1
翌日、緊張のせいかよく眠れず、かなり早くに目が覚めた。ストレッチをして時間をつぶすが、時間の流れがずいぶん遅く感じた。
朝、昼、夜の食事時に、ソロモンやドラゴンと、脱出のタイミングを確認した。チャンスは、結界が解かれた直後。エリシャたちの不意を突いて、一斉に竜の姿になる必要がある。兵士たちに対応する時間を与えず、一目散に飛び去るのだ。
「私が合図を出す。その瞬間に変身してくれ」
「うまく逃げきれますか?」
俺が訊くと、ソロモンはああ、とうなずいた。
「全員同時に、瞬時に飛び立てるかがカギだ。上空に上がれば、兵士たちも手が打てないからな」
三十六計逃げるに如かずというわけだ。飛べない俺とソロモンは、それぞれマタルとリーフに乗せてもらって逃げる手はずにはなっている。でも、そう簡単に事が運ぶだろうか。
だからと言って俺に他の案が浮かぶはずもなく、ソロモンも確信があるようなので、素直に従うことにした。
夕食後、俺はいったん自分の部屋に戻され、しばらく待たされた。3日も地下に閉じ込められていたので、時間感覚が狂ってくる。もう夜が明けるんじゃないかと思うくらい待たされた後、俺はようやく二人の兵士に呼び出された。
「Orik ow'e rok」
そう言って兵士に真っ黒いローブを渡された。
ローブを羽織ってついていくと、ドラゴンたちの部屋に通された。部屋に入ると、さっきはなかった黒い布が積まれている。兵士がそれを指し、ぶっきらぼうに何かを命令してくる。よくわからないのでその布を手に取ってみると、俺が着ているのより一回り小さいローブだった。兵士は、ローブとドラゴンを交互に指さす。これを着せろということだろう。
「みんな、一人一着ずつこれを着てくれ」
俺がそう言うと、ドラゴンたちがゆっくりと近寄ってきた。兵士に気取られないように、うつむき加減でノロノロ動く。みんななかなか演技派だ。
全員がローブを着て真っ黒になったころ、エリシャが側近を連れてやって来た。ソロモンも一緒だ。3人ともローブをまとって、フードを目深にかぶっている。
「準備はできたか?」
「Usa ista-p puysi ah」
兵士が答えると、エリシャはドラゴンたちに向かって声を発した。
「お前たち、ついてきなさい」
そう言って、部屋を部屋を出る。俺もソロモンも、無言で後をついていった。
通路を歩いていくと、廊下の先に階段が現れた。俺が最初に降りてきたのとは別の、もっと暗くて狭い階段だ。俺たちはエリシャに続いてその階段を上がっていく。こちらもかなり上まで続いていて、上っているうちに、暗闇に押しつぶされそうだ。
息苦しさに耐えていると、エリシャが階段の最上段に達した。その先はふさがれている。エリシャは行き止まりを3度ノックした。すると、外側から階段をふさいでいた扉が開かれた。外から、薄明りが差し込んでくる。
俺は、実に3日ぶりに外の空気を吸った。地下室の湿ったかび臭い空気を吸わされ続けたので、すごく爽快な気分だ。
しかし喜んでいる場合ではない。すぐに気を引き締めて、辺りを伺う。
俺たちが出てきたのは、建物の裏手のようだ。すぐ先はうっそうとした森になっている。ここから山に入るのだろう。空を見上げると、満月が煌々と輝いている。
エリシャが、俺とソロモンの方へ向き直った。
「カイ、ソロモン。ドラゴンたちを並ばせろ。2人一組で隊列を組ませるんだ」
言われるがままに列をつくると、その先頭にエリシャが立った。
「ソロモンは
縦25人分の列なので、先頭と最後尾にかなり距離がある。これだと、全員が息をそろえて行動するのは難しくなる。しかし嫌というわけにもいかず、俺は渋々ソロモンと離れてエリシャの後ろに立った。
いつの間にか、黒ずくめの武装をした兵士たちが暗闇に紛れ込んでいた。数は20人ほどで、隊列を等間隔で囲んでいる。不審な動きをすれば、すぐに捕らえられるだろう。
エリシャがドラゴンに命令を下す。
「これから、お前たちを率いて移動する。決して列を崩さず、私が命じるまでついてきなさい」
そう言ってエリシャは踵を返し、歩き始めた。側近がそれに続き、そして列全体が前進し始める。
俺は、黒装束の下からでもわかる兵士の威圧的な視線を感じながら後に続いた。
湖までの道のりは、かなり険しかった。
山道でただでさえ足場が悪いのに、人目につくことを恐れてか、ほとんど明かりも使わずに進んだ。ドラゴンたちは夜目が効くのでそれほど苦労してないようだが、俺は月明りだけを頼りに歩くしかない。
「Eku rao't assas」
時々もたついていると、兵士に叱咤された。内心毒づきながら、必死に足を動かす。黒い集団が山の中を行く様子は、傍目にはかなり異様だろう。
もう2時間近く登ったんじゃないかという頃、ようやく山頂が見えてきた。周辺は茂みに覆われているが、頂がくぼんでいるのがわかった。
これで一息つけるか、と思った時、
「カイ、湖を囲むようにドラゴンたちを並ばせろ」
「ちょっと、休ませて、」
俺はすっかり息が上がっていた。そんなに高い山ではないが、ぶっ通しで斜面を上がり続けるのはきつい。しかしエリシャは俺の要求をはねのけた。
「そんな暇はない。早くしろ」
こいつも同じ時間歩いてたくせに、俺ほど疲れていないらしい。人使いの荒さにむっとしながらも、指示に従う。
俺はドラゴンたちを並ばせながら、兵士たちに気づかれないように目配せをした。今から少しも気を緩めずに、脱出に備える必要がある。
エリシャが結界を解くのは、ドラゴンたちに命令を下す直前。ソロモンいわく、結界を解いた瞬間は、肉眼でもそれとわかる光を放つらしい。その後、ソロモンの合図を待って竜の姿になるという作戦だった。
「目で見てわかるなら、合図なんてしなくても、結界が解けた瞬間に逃げればいいんじゃないですか?」
夕食時、俺はそうソロモンに提案したが、ソロモンは首を振った。
「さすがに、変身してから飛び立つまでの時間で、結界を張りなおされる可能性が高い。だから1度、エリシャたちの注意をひいて時間を稼ぐ必要がある。それから私が合図を出そう」
そのあとすぐ守衛が迎えに来たので、俺はソロモンがどうする気なのか確かめそびれてしまった。作戦の肝心な部分がわからないが、相変わらずソロモンとの距離は遠く、今更確かめられない。ソロモンを信じて、動くしかない。
やがて、50頭のドラゴンが湖の縁に沿って一列になる。ここまで粛々と指示に従ってきたドラゴンたちも、さすがに不安そうだ。夜暗がドラゴンたちの挙動をごまかしてくれたおかげで、なんとかエリシャたちには勘づかれずに済んだ。
準備が整うと、俺のすぐ後ろでエリシャが声を張り上げた。
「ドラゴンたち、今から、この山脈より西側の一帯をめいっぱい揺らせ。大地を割り、空を轟かせ、敵国を破壊しろ」
やっぱり、武力侵攻か。
でも今はこいつらの軍国主義に異議を唱えている場合ではない。そうっとエリシャから離れつつ、全神経を張りつめて、周囲の変化を伺う。
その時、空が一瞬きらめいた。かと思うと、宙にひびが走り、空気が割れた。
結界が月明りを乱反射して砕ける様子は、まるでガラスのようだった。
今なら、ドラゴンたちが自分の力を思う存分発揮することができる。
でも早まるな。動くのは、ソロモンの合図の後だ。その瞬間に、速攻でマタルに飛び乗れ。
その時間、1秒だか2秒だかが、恐ろしくスローに感じた。
大丈夫、ソロモンの言葉を信じるんだ。
「Ah erok a'dnan¡¿」
「今だ!!」
兵士の悲鳴とソロモンの合図が同時に聞こえた。
瞬間、周囲を強風に吹きさらされた。
ドラゴンの姿が、みるみる
「どうなっている…!?」
エリシャが怒鳴る。ドラゴンたちへ向けてではなかった。
エリシャに目をやると、湖周辺に密生している茂みから、すさまじい速さで蔦が伸びてきて、それがエリシャや兵士たちを拘束したのだ。
その光景に目を奪われていると、空から声が降ってきた。
「皆の者、飛べ!」
聞き覚えのある声に、とっさに顔を上げる。俺は思わず叫んだ。
「ラエド!!」
たった今変身を解いた子供たちより、二回りも大きなドラゴンが上空を旋回していた。
年長者の声に励まされ、ドラゴンたちは次々と空へ舞い戻る。
俺は、青みがかった姿になったマタルのもとへ、一目散に駆け出した。
マタルは、両翼を大きく広げて伏せている。俺がたどり着けば、すぐにでも羽ばたける。
あと少し!
「アナンダ! そいつを捕らえろ!!」
怒声が飛ぶ。エリシャを振り返りかけた時、俺とマタルの間に黒い影が飛び込んできた。とっさに足を止める。
この小柄な黒づくめは、たしかエリシャの側近だ。こいつ、なんで自由に動けるんだ?
いや、そんなことどうでもいい。避けるか突き飛ばすかすればすぐにマタルに届く―――――
そう思って手を伸ばした先、側近の影が、急速に膨れ上がった。
そいつの体長が瞬く間に伸びる。ローブはなめらかなうろこに変わる。顔つきはドラゴンに近いが、手足がない。そいつは大きく鎌首をもたげて、赤い舌をちらつかせた。
行く手を阻んだのは、天まで届きそうな大蛇だった。
蛇は、寸分たがわず狙いを定め、俺に飛びかかってきた。
「カイっ!!」
マタルが叫ぶが、蛇に睨まれた俺は身動き一つできなかった。蛇に囲まれたかと思うと、あっという間に太い胴体で締め上げられた。
「あ、ぐぅ…」
信じられないぐらいきつい。少しもがくだけで、全身の骨が軋む。こいつがその気になれば、俺なんか一瞬で絞め殺されるだろう。
突然現れた大蛇に、ドラゴンたちは固まってしまった。まだ地上に残っている数頭が、おびえた様子でこちらを見ている。
蛇から逃れようと身をよじっていると、聞き慣れない音が耳に入ってきた。
「ללכוד את הדרקון ולשכנע אותו」
声を振り返ると、自力で植物の拘束を解いたらしいエリシャが立っていた。目をつぶり、奇妙な言葉を唱えている。
すると、腕に巻いたブレスレットが光を放ち始めた。
俺はマタル向かってとっさに声を上げた。
「早く行け!」
「カイ!?」
「いいから!!」
空に光の筋が流れる。それが山の四方を囲んでいた。
あいつ、結界を張りなおす気だ!
それに気づき、残っていたドラゴンたちが慌てて飛び立つ。マタルはためらって、何度も俺を振り向く。俺は大きく頷いた。それを見て、マタルはやっと飛び上がった。マタルが宙をよぎった直後、再び結界が反射した。
結界の中に、俺は取り残された。
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