12、2
ソロモンはもともと、パルマの町で獣医師を営んでいた。主に家畜やペットを治療することが多かったが、俺と同じ能力のおかげで腕前も良く、町の内外の人から重宝されていたそうだ。ソロモンは、自分がナビーであることをとくに隠しもしなかった。
そんな折、予想だにしない人物が屋敷を訪れた。
「半年前、兵士を連れたエリシャがうちにやって来た。軍がナビーを探していて、私を雇いたいという話だった。かなり胡散臭いと思ったよ。本物の軍人ということは後で裏が取れたが、信じられないほど高額な報酬を提示されたし、依頼は非公式で口止めもされた」
「軍、って…」
俺は思わず息をのんだ。男たちの制服を見てもしやとは思ったが、彼らは本当に正規兵らしい。ソロモンは言葉を続ける。
「ナビーの能力が必要ということは、動物を軍事利用するつもりにほかならない。しかも箝口令が敷かれているから、およそ非人道的な内容だと察しはついた」
ソロモンは、俺が昨日感じたきな臭さにずっと前から気づいていたということか。
「依頼を受けるかどうか、かなり迷ったよ。しかし、軍部主体で後ろ暗い事業が進められているとわかった以上、看過すれば何が起こるかわからない。私は計画の内情を知るためにも、軍の要請に応えることにした」
「何をやるかは聞かされていたんですか?」
ソロモンは首を振った。
「いいや。数日後、承服すると返事したら、ここへ連れてこられた。この子たちを初めて見た時は、信じられなかったよ。まさかドラゴンを、しかもこんなに多く集めて監禁しているとはな」
「あいつら、どうしてこんなにドラゴンを?」
「具体的な説明は一切されていないが、軍事力として利用するつもりなのは間違いないだろう」
不穏当な単語に鳥肌が立つ。
「じゃあ、昨日の大雨も…」
「ああ。ドラゴンを介して自然を掌握できるか実験したんだろう。あれほどの操作が可能だとすると、あるいは天変地異すら人為的に引き起こせるのかもしれない」
「嘘だろ?」
思わず反駁するが、ソロモンは黙っている。
天変地異って? まさか、地震や竜巻、津波といった災害さえ発生させられるということか? だとしたら、昨日の嵐なんてただの予行演習だ。その気になれば、比較にならないほど大きな天災をもたらすことができるのかもしれない。
「なんとかドラゴンたちにかかった暗示を解けないか調べるために、マタルを預かった。しかし薬物療法や心理療法などいろいろ試しても、まったく効果がなかったんだ」
ソロモンは俺をまっすぐに見据える。
「君が来てくれたことは、僥倖としか言いようがない。計画を阻止するために、君の力を貸してくれ」
ソロモンの説明が終わった後も、俺は事態を飲み込むのにかなりの時間が必要だった。
でも、なんとかその事情を呑み込むと俺は、ゆっくりとうなずいた。
「わかりました。俺が力になれるかわからないですが、協力します」
ソロモンはかすかにほほ笑んだ。
「ありがとう」
エリシャたちがいつ災害を発生させるつもりなのかは不明だが、計画をくじくためには、とにかくドラゴンたちにかけられた暗示を解き、奴らから解放しなければならない。
「ドラゴンの催眠は、全部エリシャがやっているんですか?」
「ああ」
俺はふと思いついた疑問を尋ねてみた。
「でも、催眠術って、抵抗感があるとかからないって言いますね。そんな簡単にかかるもんなんですか?」
俺がにわか知識で質問すると、ソロモンは珍しく苦々しい顔をした。
「そうならないように、幼いドラゴンをさらうんだ。好奇心旺盛で警戒心を持たない子竜なら、催眠が失敗しにくいからな」
俺は思わず舌打ちした。つくづく不愉快な連中だ。だとすれば、なおさら一刻も早くドラゴンたちの暗示を解かないと。
「本当に、俺が話しかけるだけで暗示は解けますか?」
「おそらく、ドラゴンの名前が必要になる」
ソロモンは腕を組んで答えた。
「前に一度、エリシャが術をかける様子を見たことがある。まずはドラゴンの
「真名…」
それは催眠術というより、ほとんど呪いじゃないか。
しかしなんにせよ、ここにいる50強のドラゴンたちの名前をすべて把握しないことには、暗示を解くことはできない。
「この中に、ソロモンさんが名前を知ってるドラゴンはいますか?」
「いや、軍からの要請があるまではドラゴンと話したこともなかったんだ。マタルの名を知ったのもたまたまだ。君はいないのか?」
「俺も、顔見知りのドラゴンなんてほとんどいないんです」
せっかく力になれると思ったのに、これじゃあ打つ手がない。エリシャならドラゴンたちの名をすべて知っているだろうが、もちろん直接聞くわけにはいかない。
途方に暮れていると、マタルがあるドラゴンの前に立って顔を見つめているのに気づいた。
「マタル、どうしたの?」
「こいつ、ぼくのともだち」
驚いてそのドラゴンを見ると、ツヤのある髪を肩まで伸ばした女の子の姿のドラゴンだった。マタルは心配そうな表情を浮かべている。呼びかけながら女の子の肩をつかんで揺さぶっているが、女の子は一切反応しない。
俺が振り返ると、ソロモンはうなずいた。二人のもとに行く。
「マタル、この子の名前知ってる?」
「リーフだよ。リーフ、ねえおきて」
たしか、38番を振られていたドラゴンだ。俺はそのドラゴンの前に立って目を覗き込んだ。
「リーフ、聞こえるか?」
リーフはゆっくりと顔を上げた。目は俺を反射しているが、焦点はおぼろげだ。
「自分の名前、思い出せないか?」
「わたし、なまえ、さんじゅうはちばん」
そう言ったきり、リーフは黙ってしまった。
俺は会ったことのないドラゴンに、それ以上何を言っていいのかわからず、言葉を詰まらせた。ふと思いついて、隣のマタルを見た。
「覚えてない? 君の友達のマタルだよ」
やみくもに話すより、共通の友人の話題の方が記憶を思い出しやすいんじゃないだろうか。
「ほら、二人でよく遊んだりしたよな、例えば、えーと」
「きょうそう」
「そう! 競争とか、あと…」
「どうぶつごっこ」
「そうそれ。いろんな動物に化けたりしたこともあったよな」
リアクションの薄い相手に言葉をかけ続けるというのは、思った以上に難儀だった。しかしマタルを通じて色々話しかけていくうちに、リーフの視線が徐々に焦点を結んでいく。
やがて、リーフがポツリとつぶやいた。
「マタル…? マタルなの…?」
「リーフ! きづいたんだ!」
マタルはリーフに飛びついた。リーフは事態が理解しきれずにきょとんとしているが、マタルは嬉しそうだ。二人の様子を見て、思わず口元がほころんだ。
「よし。やはり君なら、エリシャにかけられた催眠術を解くことができる」
俺も、ようやく暗示が解けたという実感がわき始めた。これなら、全員にかけられた催眠を解くことができるかもしれないという期待が膨らむ。
「マタル、他に友達のドラゴンはいない?」
マタルはあたりを見回した。しかし、しゅんとしてうつむく。
「リーフいがいに、しりあい、いない」
俺は少しがっかりした。ドラゴンは基本単独で行動しているというから、お互いの名前を知り尽くしているわけではないのだろう。
すると、リーフが首を傾げた。
「ドラゴンをさがしているのですか?」
「え、うん。リーフはこの中に知ってるドラゴンはいる?」
リーフは首を巡らせ、部屋の中央を指した。
「あそこにいるドラゴン、マーイといいます。1度だけ、あったことがあります」
「本当か?」
リーフの指さす方を見ると、マタルより背の高い少年が座っていた。近づいて行って、同じように声をかけてみる。
リーフの時と同じように、次第にマーイの意識がはっきりしてきた。
「ここは…どこ?」
「よかった、マーイも気づいたか」
「あの…あなたはだれですか?」
「俺はカイ。ちょっと説明する時間がないんだけど、この中に名前を知ってるドラゴンはいる?」
マーイは、二人のドラゴンの名前を教えてくれた。ソロモンが言う。
「時間はかかるだろうが、この調子でひとりずつ暗示を解いていこう。カイ、頼めるか」
「はい」
俺はしっかり答えた。すぐにとはいかないが、知り合いから知り合いへ、ドラゴンの暗示を順々に解いていけば、全員元に戻れるかもしれない。
ソロモンは腕時計を見た。
「そろそろ、朝食の時間が終わる。君はまた部屋に戻されるだろうから、次は昼にしよう」
ソロモンは、真名を取り戻した3人のドラゴンに告げた。
「君たちには、私やカイ以外の人間の前では、さっきまでと同じように、暗示にかかっているふりをしてほしい。できるか?」
ドラゴンたちは顔を見合わせ、うなずいた。ソロモンはかすかに口をほころばせる。
「よし。みんなで早くここをでよう」
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