12、理解
12、1
結局俺は、日本を遠く離れた世界で一夜を過ごすことになった。
俺はソロモンに色々聞きたかったが、「今夜は遅い。エリシャたちもすぐ戻ってくるだろうから、明日話そう」と言われてしまった。ヒロの安否だけは何度も確かめたが、「大丈夫」と繰り返すだけだった。
気がかりなことは他にいくつもある。しかし、俺の疲労はピークに達していた。1日中歩き回って、川に流された挙句、威圧的な連中に拘束される始末なので、心身共に限界だった。実際に働かされるのは明日からということで、俺はあなぐらで一泊することになった。
制服の男に、狭い部屋を案内された。質素なベッドが置いてあるだけの独房のような部屋だ。でも、部屋に入れば監視の目がなくなるし、その間は拘束も外されたのは内心ほっとした。
俺の家は、今頃どうなっているだろうか。一瞬そんな考えがよぎったが、まぶたを閉じた瞬間、俺の意識はすぐさま眠りに吸い込まれた。
翌朝、俺はさっそく飼育員として駆り出された。ドラゴンたちが集められている大部屋で、エリシャが食事の方法を指示した。
ドラゴンたちにはまったく自我がないようで、命令しなければ食事も睡眠も一切しない。そこで、俺がドラゴンたち一人ひとりに呼び掛けて、行動を命じるというわけだ。
なんのことはない。ドラゴンたちには一人ひとり番号が付けられているので、それを呼んで行動を命令するだけだった。俺は言われたままに1番から順に名前を呼んで、食事が乗ったトレーを渡す。ドラゴンたちは、新顔の俺に疑問を持つでもなく、トレーを受け取って淡々と朝食をとっている。
どのドラゴンも、目から光を失っている。この子たちにも、ライラやマタルのような名前があるだろうに。年端もいかない子供たちを数字で呼ばわるのはつらかった。
俺が問題なくドラゴンの面倒を見ているのを確認すると、エリシャは部屋を出て行った。
しばらくすると、シャツの裾を引っ張られた。
「カイ、これからどうするの?」
マタルが戸惑った表情で見上げている。色々あってすっかり忘れていたが、マタルはうまく他のドラゴンに紛れ込んで、エリシャたちの目を騙せたようだ。
久しぶりに味方と話せたことで、俺は胸をなでおろした。
「マタル、ケガ無いか?」
「うん、だいじょうぶ」
とりあえずマタルと再会できたのはよかったが、状況は芳しくない。エリシャも言っていたように、この地下から抜け出すのはまず無理だろう。今だって部屋の外には守衛が立っているはずだ。俺とマタルだけなら隙をつくこともできるかもしれないが、こんなに多くのドラゴンたちをほっておけない。
考え込んでいると、突然ドアが開いたので、思わず固まる。
部屋に入ってきたのはソロモンだった。
「カイ、様子はどうだ?」
「どうって、まあ、ぼちぼち」
ソロモンが敵か味方か判断がつかず、俺は言葉を濁した。そんなことより、俺には色々聞きたいことがある。
「あの、ヒロは本当に無事なんですか?」
「大丈夫だ。セイレンの外で、倒れているのを見つけたんだ。そこまで深手ではないし、治療はした。今は、私の家で保護しているよ」
その返答に、俺はとりあえず納得することにした。しかし、ヒロが町の外にいたなら、他にも確かめないといけないことがある。
「ヒロと一緒に、ドラゴンの女の子はいませんでしたか。人間なら14、5歳くらいの容姿なんですが」
ソロモンは片方の眉を上げていぶかった。
「いや、私が見つけた時は、1匹で倒れていたよ」
じゃあ、ライラはどこへ行ったんだ? もしかして、エリシャたちに捕まったのか?
しかし周囲を見渡しても、見慣れたドラゴンの姿はない。まさか、ヒロだけ置いてどこかへ行ってしまったのか。
俺が困惑していると、ソロモンは俺の足元につかまっているマタルに目を留めた。
「やっぱり、マタルが君をここへ連れてきたのか」
すると、マタルはなぜが俺の後ろに回り、背中に隠れた。
「マタル、どうしたんだ?」
ソロモンが怪訝な表情を浮かべ、不安そうなマタルの顔を覗き込む。不意に、ソロモンが声を上げた。
「もしかして、暗示が解けているのか?」
「暗示?」
「エリシャは催眠術によってドラゴンたちの記憶と自我を奪い、行動を統制しているんだ」
「ドラゴンたち、全員にですか?」
俺は食事をとるドラゴンたちを見た。みな一様に感情を失い、記憶と主体性を失っている理由がようやく分かった。これだけの数のドラゴンに、よくもまあ暗示をかけられたものだ。
「なんとか暗示を解こうと思って、いろいろな治療を試したよ。それでも全く効果がなかったんだが…」
ソロモンは首をひねっている。
「マタル、どうやって暗示が解けたのか、わかるか?」
ソロモンにそう聞かれ、マタルは戸惑っている。
「えーと、よくわからない。でも、このへやにはいったとき、じぶんのことおもいだした」
その言葉で、俺も最初この地下に降りて来た時のことを思い出した。
「確かにここに来た時、はっきりと目の色が変わったよな」
「うん。でも、カイといっしょにいたら、だんだんおもいだしてきた」
「カイ、何が暗示を解くきっかけになったかわかるか?」
「きっかけって言っても、マタルとは普通に話してただけですし…」
催眠術を解くような大がかりなことはしていなはず、と思ったのだが、ソロモンは眉間にしわを寄せている。
「カイは、マタルと会話ができたのか?」
「え、ええ、まあ、ナビーですし」
そんなことはソロモンだって百も承知のはずなのに何をいまさら、と思ったが、ソロモンが引っかかったのはそこではなかった。
「エリシャの催眠下にあるドラゴンは、命令以外の言葉には一切反応しないよう暗示がかけられている。マタルもこれまで、私の質問には一度も答えたことがないんだ」
「そうなんですか?」
マタルの言動は無愛想ではあったが、コミュニケーション自体は取れていたので意外だった。
その時、初めてマタルと出会った時の景色が蘇ってきた。そういえば、去っていくマタルを大声で呼び止めようとしたが、いくら呼んでも無視されたっけ―――
「あれ?」
違う。確かに反応は鈍かったが、食い下がったら、一言だけ答えてくれたんだった。
「たしか、初めてマタルに話しかけた時、喋るなって言われてるって、マタルが答えたんです」
「本当か?」
「はい」
いや、それだけじゃない。
「初めてこの地下に入った時も、ドラゴンに話しかけたんです。その時も、質問に答えてくれました。ほら、あの子」
俺は『27』と自称した男の子を指さした。彼にも、本当の名前があるんだ。
俺の言葉を聞いたソロモンが、少し高揚した様子で考え込んでいる。
「もしかすると、君の言葉にはドラゴンの意志を解放する力があるのかもしれない」
「え、ええ?」
突拍子もない仮説に、俺は思わず頓狂な声をあげる。しかしソロモンは大まじめだ。
「他に何か、思い当たることはないか?」
「そう言われても…」
マタルとのやり取りを思い返す。話した内容自体は他愛もないものである。でもよくよく考えてみると、言葉を交わすうちに、無表情だったマタルの顔に段々生気が戻っていくような感じはあった。
「たしかに、だんだん感情が豊かになってったような気はします」
そう答えると、ソロモンは大きくなずいた。
「君の力があれば、ここにいるドラゴン全員の暗示を解くことができるかもしれない。カイ、私に協力してくれ」
俺はマタルと顔を見合わせた。
ソロモンの目的はなんだろう?
俺だって、ここにいる子供たちを解放したいのは山々だ。でも、ソロモンの目的もわからないのに、簡単に応じていいものだろうか。
「あの、ソロモンさんはなんでこんなところにいるんですか」
我慢できずに質問すると、ソロモンも「そうだな」と答えてくれた。
「まずは、今の状況を君に理解してもらう必要がある」
そう言って、ことのあらましを話し始めた。
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