11、3

 俺は、引っ張られるようにして通路を歩かされた。その間に、男たちをよく観察する。

 二人とも同じような服を身につけているが、昼間見た人々が着ていたようなゆったりとした裾の長い服ではない。ぴっちりとしていて、ポケットが多く縫われている。胸には徽章が縫い付けられていて、デザインも無骨だ。


 そんなことを考えているうちに、小部屋に引っ立てられた。椅子に座らされ、さっそく尋問される。

「Attiah inak'i nakaita:rak.okod amasik¿」

「 Ati-kett iahe zan.Adis nikirï tat-ahnij nappi¿¡」

 矢継ぎ早に質問されるが、答えようがない。意味が分からないのに悪感情だけ伝わってくる言葉を浴びせられるというのは、思った以上にストレスだ。


 ここは、どうするのが得策だろう? 一切反応せずに、黙秘権を行使するべきか。それとも、何らかの意思表示をするか? 何か話したとしても絶対に通じない上に、俺がこの町の人間でないことが確実にバレる。いや、むしろバラした方がいいのか?


 頭をフル回転させて策を練る。が、どう行動したところで俺の手首を拘束している金具は外れそうにない。空気が薄くなり、脂汗が浮かんでくる。結局なにも実行しないまま、時間だけが経っていく。

 言葉が通じないにしろ、せめて敵対心がないことだけでも伝えられないだろうか。一方的な詰問に耐えきれず、声音や表情でなんとか表現してみようと口を開けた時、部屋のドアが開いた。


 立っていたのは、女だった。すらりと背が高く、両腕をくんだまま入ってきた。腰まで伸びた髪と細長の目が、威圧的な雰囲気を醸し出している。そいつは俺の前に仁王立ちになる。ただでさえ長身なのに、座った状態ではかなり見上げる高さだった。

 女は、頭のてっぺんからつま先まで俺を値踏みした。顎に手を当てて唸る。そして、



「ふーむ。見かけないツラだなあ。ってか、どこの民族だ?」



 俺は耳を疑った。


「急にどうした? やけに驚いてるじゃないか」


 俺が絶句していると、女は男たちと言葉を交わした。


「こいつ、何者だ?」

「Used,nia neatok-ometïkow ina ngeros.」

「どこから入ったんだ?」

「Nesam:irkaw.Atihs amaieti,h'sad-ereut owng a raodek,adikpiarakyat」

「おいおい、なにやってんの。鍵の管理が杜撰すぎるよ」


 目の前で交わされるとんでもない会話に、俺は目を白黒させた。お互いに違う言語で話しているのか? いや、そんな無意味なことするわけがない。


 どちらも使っている言語は一緒。違うのは、俺の耳と、女の舌。だとすれば、こいつには俺の言葉がわかるはず。


「あんた、ナビーか?」


 初めて発する俺の声に、三人が反応した。男たちは怪訝な顔をし、女は目を丸くしている。


「驚いたな。なんで私がナビーだってわかった?」

「その二人に聞いてみたら」


 そう言って、男をあごでしゃくった。今度は、男たちが唖然とした表情を浮かべている。女が「どうしたんだ?」と尋ねると、戸惑いながら答える。俺が話す異国語と、女との会話は、男たちにはかなり奇妙に聞こえたのだろう。男の返答を聞くと、女は嬉々として目を輝かせた。


「なるほど…。お前もナビーなのか。こんな形で同士に会えるとは、光栄だね」


 女は、愉しそうな笑顔で右手を差し出した。



 俺は右手には反応しなかったが、女は特に気を悪くした様子もない。椅子を引いて、前後を逆にして座面にまたがった。背もたれに手をついて、にやにやしながら俺を見る。


「それにしても奇遇だなあ。自らナビーを名乗る者がいなくなって久しいが、他国語を話す同士に会うのは初めてだよ。どうやってここへ入った?」


 言葉が通じるからといって、下手なことは言えない。そもそもこんな機密めいた施設に部外者が紛れ込んだら、即刻処分されて当然だろう。首の皮一枚でそれを免れているのは、この女の好奇心のおかげだ。

 しかし幸か不幸か、言葉の通じる相手なのだ。うまくいけば、この女から何か聞き出せるかもしれない。


「あんなに大勢ドラゴンを監禁して、なんのつもりだ?」

「監禁だなんて、人聞きの悪いこと言うなよ。仲良く暮らしてるだけさ」

「あんな場所に閉じ込めておいてよく言うよ」

「あの部屋は彼らの希望だよ。彼は望んでここで暮らしてるんだ」


 女は余裕そうな笑みを崩さない。このまま核心を突かなければ、適当に返されて終わりだろう。


 俺は反抗を試みた。


「じゃあ、今日の突然の嵐。あれも、あの子たちが望んでやったことなのか?」


 女はまだ唇の端をゆがめたままだったが、目元からは笑みを消した。

「そこまで予想して、ここへ入ってきたわけか。困ったな。そういう憶測を外で言いふらされると、私たちはとても困るんだ」

「じゃあ言いふらすと答えたら、力づくで黙らせるか?」


 俺は、努めて何気なく訊く。俺を見る女の表情が、いびつに上機嫌になった。


「とんでもない! もちろん、君がそういう迷惑なことをするつもりなら大人しくしてもらわないといけないが、君には素晴らしい特技がある。その特技を私たちのために使ってくれるなら、君を歓迎しよう」


 女の言葉に、二人の男たちは異議を唱えたようだった。しかし女は「まあまあ」と二人をなだめている。

「彼らと話せる人材が欲しいのは事実だ。手伝ってくれるなら、悪いようにはしない」

 選択肢はないじゃないか。とにかく服従する姿勢を見せて隙をつくしかない。俺は不満を飲み込んで、「わかった」と答えた。




 俺を協力させるにあたって、エリシャは俺の素性を問いただした。

「君はどうしてここへ来た? 通りかかったナビーが、ドラゴンたちのいる場所に迷い込んだわけはないよな」


 こいつらの目的が分からないのに、事実を話してもいいものだろうか。でも、ドラゴンたちが消えた仲間を探しているといえば、ロクでもない企みを中止するかもしれない。


「…ドラゴンに頼まれたんだ。失踪した仲間を探してくれって」

「へえ。ドラゴンにもそんな仲間意識があるのか」

「ここが他のドラゴンに見つかれば、お前だってただじゃすまないぞ」

「大丈夫。普通のドラゴンには入れないよう結界が張ってあるから」


 初めて聞く単語に俺は動揺した。結界? そんなものあるのか?

 俺が唖然としていると、部屋のドアがノックされた。


「入れ」


 エリシャが許可すると、制服の男が長身の人物を連れて入ってきた。黒いコートをまとい、フードを目深にかぶっているので顔は見えない。その人物に向かってエリシャが声をかける。


「こいつが、侵入者のナビーだ。お前の知り合いじゃないか?―――ソロモン」


 俺は目を見張った。男は、マタルと同居していたナビー、ソロモンだった。

 俺は出かかった声をとっさに殺した。マタルに俺を頼らせたのはこの男だ。何か考えがあるのかもしれない。

 ソロモンは、まったく表情を変えずに俺を見た。


 ソロモンはエリシャに向けて首を振った。

「いや、初めて見る少年だ」

「ドラゴンをここに集めてることも知った上で侵入したらしいんだが、おい、君はどうやってこの場所を調べたんだ?」


 俺はソロモンを伺う。ドラゴンに案内してもらったと、素直に言ってもいいのか? いや、ドラゴンの協力者がいることは隠した方が、エリシャたちの裏をかけるかもしれない。


「うちの犬に探してもらったんだよ。そしたらドラゴンの鳴き声がこの建物から聞こえるって教えてくれたんだ」

「ははあ、そういうことか」

 エリシャは顎に手を当ててうなずいた。


「もしかして、小麦の毛色をした犬、あれは君の犬だったのか」

「ヒロを知ってるのか?」

 俺はせき込むように尋ねた。

「ヒロはどこだ? お前が捕まえてるのか?」


 エリシャはしばらく何も答えず、憐れむような目をした。

「いきなり人間を襲うなんて、躾がなってないんじゃないか? 飼い主に代わって懲らしめておいたよ」


 俺は立ち上がり、エリシャの胸ぐらをつかんでいた。エリシャは冷ややかに俺を見下す。目の奥が、痺れるように熱い。


「てめぇ……!」

 何か罵ってやろうと息を吸った瞬間、制服の男たちに腕を強くつかまれエリシャから引きはがされた。振りほどこうとしたがびくともしない。しばらく息切れが収まらなかった。

「まったく、あの犬の飼い主らしいよ」

 エリシャは、何事もなかったかのように襟元を整えている。


「さて。君に頼みたい仕事というのが、ドラゴンたちの管理だ。彼らには番号があるから、それで寝食の指示をしてくれ」

「誰がそんなこと―――」

「協力する気がないなら、君を生かしておく理由はないが、どうする?」


 エリシャの冷笑に虫唾が走る。俺は答えなかった。

 エリシャが口を開く。


「たまたま鍵が外れてるなんてラッキーはもうない。ここを出たければ素直に言うことに従いなさい。もっとも、入れなかった方がよほどラッキーだったと思うようになるかもしれないが」

 そう言ってくぎを刺すと、エリシャは男を引き連れて部屋を出た。



 俺は、血の昇った頭で必死に考えた。

 俺が流された後、何があったんだ。ライラはワタリで逃げられなかったのか? ライラとヒロは一緒じゃなかったのか? ライラはどこへ行ったんだ? ヒロはもう―――


「カイ、だな」


 ハッとして顔を上げる。声をかけられて初めてソロモンのことを思い出した。今、部屋の中にはソロモンと二人きりだった。


「あんた、なんでこんなとこにいるんだよ」


 抑えきれずに声が荒くなる。しかしソロモンはドアを一瞥して、俺に顔を寄せた。


「君の犬は無事だ」


 俺はソロモンの顔をまじまじと見つめた。この男は、何のつもりなんだ?

 俺の疑問を読み取ったかのように、ソロモンが言う。


「詳しいことは後で話す。私に協力してくれ」


 俺は言葉を失って立ち尽くした。

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