11、最下位
11、1
夜の静寂の中、マタルを連れて再びセイレンの町に入った。町は、俺が使っているのと同じ青い燃料を燃やして明かりをともしていた。そこまで遅い時間ではないが、この町には日が暮れたとに出歩く用事などないようだ。通りに人はいなかった。
町の外にヒロたちはいなかったから、きっと中でドラゴンの居場所を探しているに違いない。俺はマタルを連れて、昼間通った道を順に進んでいった。声に出して呼びたいのはやまやまだが、近所迷惑だし、見咎められるかもしれない。マタルに匂いをたどってもらおうかとも思ったが、マタルはヒロにもライラにも会ったことがないから匂いを知らないだろう。
そのうち、3人で雨宿りした裏路地にたどり着いた。
どこ行ったんだろう。ここら辺にいないとしたら、あとは町中くまなく探すしか方法はない。そもそも、俺が濁流にさらわれたってのに、二人の方から探しに来てくれたって良さそうなものだ。それともあの後、二人の身に何かあったのか? 探す当てもなくなって、俺は途方に暮れた。
にわかに不安を覚えていると、不意に袖口が引っ張られた。
「マタル?」
マタルが袖を引っ張って何か言おうとしているらしい。珍しく、マタルの方から意思表示をしてきた。かと思うと、その顔は今までで一番険しい表情をしていた。
「きもちわるい」
ここは、ライラも血の気が引くほど気味悪がってた場所だ。マタルも嫌な気配を感じるらしい。
こうなったら、先にドラゴンたちを探すしかない。マタルは無理でも、他のドラゴンならワタリができるかもしれないし、ひょっとすると、ライラたちはもう仲間たちと合流したのかもしれない。俺はちょっと悩んだが、聞いてみることにした。
「マタル。たぶん、お前が気持ち悪いって感じる場所に手がかりがあると思うんだ。ほかのドラゴンもいるみたいだし、その、嫌な感じがどこから来てるのか教えてくれないか?」
マタルは嫌そーな顔をしたが、黙って明後日の方向を指さした。
それは、町の南側。緩やかな下り坂のふもとに、大きな建物が建っている。民家ではなく、公共の施設のようだ。
俺はマタルを見て首をかしげる。マタルはうなずいた。
俺たちは、道を下ってその建物を目指した。
その施設は町の中心部にあった。前面に石畳の広場があり、街灯で照らし出されている。横に広い建物だが、1階建てだ。門戸は大きく、今は閉まっている。マタルを振り返って尋ねた。
「この中だよな?」
すると、マタルは地面をじっと見つめていた。もしや、吐き気でもあるのか? と心配になって顔を覗き込むと、マタルは苦り切った顔で地面を指さした。
「この、した、いやなかんじ」
「地下、ってわけね…」
どうして、人間の町の地下に、ドラゴンたちが集まっているんだろう。地下の薄暗く湿ったイメージのせいか、なにやらよくない想像が浮かんでくる。とにかく、地下へ潜らないことには何も確かめられない。
とりあえず、正面の玄関から入れはしないかと、昇降口の階段を上がってみた。期待せずに扉を引いてみる。
重い扉が、ゆっくりと手前に開いた。
「え、マジで」
こんな立派な建物なのに、防犯意識はかなり低いらしい。扉の隙間から聞き耳を立ててみるが、人の気配はない。
「どうする、入る?」
一応マタルに聞くが、マタルもしっかり頷いた。どう考えても不法侵入だし気が引けるが、他に方法もないので俺も腹をくくった。なるべく小さく扉を開ける。
この選択が吉と出るか凶と出るか。俺は暗闇にそろりと足を踏み入れた。
中は薄暗かった。照明もあるにはあるが、弱々しくて頼りない。壁に等間隔で並んだガス灯が、かろうじて足元を照らしている。しばらくじっとしていると、ようやく目が慣れてきた。扉の内側は、丸くて広いホールになっていた。真ん中に噴水があるが、今は静まり返っている。その周りに長椅子が並んでいるが、当然誰も座っていない。
「どっちの方向かわかる?」
小声で尋ねると、マタルは左を指さした。その先に廊下が伸びている。俺は黙って足を右に向けた。
廊下は長く、先ははっきりしない。磨き上げられた床に、窓から差し込む月明かりが反射している。さながら、ホラーゲームの病院のようだと思った瞬間鳥肌が立った。
「マタル、隣に来いよ」
「なんで」
「見つかるかもしれないだろっ」
自分でも何言ってるかわからないが、マタルが離れていることが急に不安になったので並んで歩くことにした。不思議そうな顔で見上げるマタルを見ないように、前方に目を凝らす。
しばらく無言で歩いていると、やがて部屋に突き当たった。部屋のドアにはプレートがかかっていて、よく見ると、まったく読み取れない文字のほかに、大きな✖印が書かれている。
「この部屋か?」
「うん」
俺はプレートを指さした。
「これって、ダメって意味?」
「うん」
この印は万国、いや万“界”で「ノー」の意味らしい。いよいよきな臭くなってきた。試しにドアノブに手をかけてみる。
「あら」
ドアは呆気なく内側に開いた。
ここまでくるとさすがに不自然だ。建物だけでなく、どう考えても立ち入り禁止くさい部屋まで鍵がかかってないのはおかしくないか?
でも、同時にチャンスでもある。いくら不自然といっても、ここまで来たのに手ぶらで帰るわけにもいかないし、きっと施錠という概念がない世界なのだろうと納得した。俺は目顔でマタルに合図すると、ゆっくりとドアを開けた。
狭い部屋だ。中には明かりがなかったので、ドアを開けたまま中に入った。四方にはラックが置かれ、大小さまざまなものが詰め込まれている。空気は埃っぽく、どうやら物置らしい。
ラックに沿って歩いていると、俺は降ろした右足に違和感を覚えた。靴をどけると、床の一部がくぼんでいる。よくよく見てみると、くぼみの部分に細い線がある。もしやと思って窪みにの縁に手をかけて引き上げると、かすかに軋む音とともに、正方形の扉が開いた。マタルと一緒に、おそるおそる四角い穴を覗き込む。
中は、一瞬何も見えなくなるほど真っ暗だった。少しずつ目が慣れると、地下へ階段が伸びているのが見えた。光源が何もないのでどれほど続いているか分からない。「見える?」
「うん。100段くらい続いてる」
マタルの答えに目がくらむ。相当深い。しかもこの暗さじゃ、“いざ”という時に脱出するのも簡単ではない。
しかし向こうの世界でもそろそろ日が暮れる。一刻も早くヒロとライラを連れて帰らないと、母さんが心配する。“いざ”ということが起こらないことを祈るのみだ。
階段には全く照明がないので、さっきと同じ要領で松明を作った。
マタルの表情を伺ってみる。顔色は悪いが怯えている様子はない。決心は変わらないようだ。
「それじゃあ、行くぞ」
マタルに小さく声をかけ、俺は深い階段の一歩目を踏み出した。
通路は、床の下の地面を掘って木組みで補強しただけの簡素なものだった。湿っているので気を抜くと滑りそうだ。むき出しの土壁に手をつきながら進む。マタルが無口なままついて来た。踏み外さないように、つま先で確かめながら慎重に進んだ。
しばらくすると、最下段に足がついた。
地下の底は、古くなった空気がよどんでいた。嫌なにおいというわけではないが、じめじめしていて何となく体に悪そうだ。天井も低く、幅もせいぜい二人分。それでも、梁と柱によって崩れないように支えられている。階段を下りた先には、通路が伸びていた。ガス灯は点いているが数は必要最低限で、先が見通せない。奥の方から不穏な気が漂っているというのは、俺の気のせいだろうか。俺はつばを飲み込んで、なるべく高く松明を掲げながら前に進んだ。
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