9、2

 この町にあるもう1つの神社は、美作神社と呼ばれている。毎年夏祭りも催されていて、町民にはなじみ深い神社だ。むしろライラが初めて現れた辰巳神社など、ほとんど知られていないだろう。

 美作神社は、ちょうど町の反対側にある。歩いていくこと15分。辰巳神社より二回りは大きい鳥居が姿を現した。

「すごい! こんな近くに、もう1つ神殿があるなんて」

「こういう場所でいいんだったら、この国だけで何万カ所もあるよ」

「ええー! そんなにあるんですか!?」

 ライラはひどく驚いているが、ともあれこの神社も神殿としての条件を満たしているようだ。

「初めてくる場所だけど、ここからでも渡れるか?」

「大丈夫です。マスクト・レサに帰る分には、知っている場所を思い浮かべるだけで渡れますから」

 そう答えると、ライラはさっそく俺の手を取った。前振りがなかったので驚いて手を引っ込めかけたが、ライラはそれには気づかず、もう一方の手をヒロの頭の上に乗せた。

「いきます。絶対離れないでください」

 ライラがそういうと、無音の風が吹き始めた。俺も3度目になるので、慣れたもんだった。

 その慣れによる余裕が、少しだけ思考の余地をつくった。

 さっき、辰巳神社で倒れていたご神木。その根元は陥没していた。あれは自然にできたものだろうか。それに、木そのものも、先週見たものとはどこか違っていたような気がする。

 しかし、その疑問が何かの結論に達する前に、俺の身体は世界のはざまに投げ出された。



「さぶっ」

 俺は反射的につぶやいた。首元から冷気が入り込んできた。目を開けると、あたりは薄暗かった。今にも降り出しそうな曇り空で、冷たい風が雲を押し流していた。今日は長居できないかもしれない。

 さっさと始めようと思ってライラを見ると、ライラは空を見上げていた。

「ライラ?」

 俺の声には答えず、怪訝な表情を浮かべている。もう一度声をかけると、ハッと我に返った。

「どうしたんだ?」

「えっと…なんか、風が変なんです」

「変?」

 俺が聞き返すとライラは口ごもった。ライラも戸惑っているようだ。

「なんというか、誰かがわざと起してるような感じなんです」

「わざと? そんなことできんのか?」

 天気を操れるような生き物がこの世界にはいるのか? だが、ライラにとっても不可解なことのようだ。そもそも、そんなことを察知できるドラゴンの力も大概だ。

「今日はやめといたほうがいいかな」

 正直天気も悪いし、帰って日を改めた方がいいなと思った。しかし、ライラは首を振った。

「いえ、行きましょう。なんだか嫌な予感がします」

 だったらなおさら帰ろうよと思ったが、ライラにとってはそもそもここが帰るべき場所なのだ。ライラの真剣な様子を見て、俺は歩き出した。


 俺たちが事前にたてた作戦はこうだ。まずは、ドラゴンが多く住む森、ティナンの森に近い町から順に探していくというものだ。町に入らなければライラやヒロの鼻でもドラゴンを探すのは難しい。幸い、マスクト・レサの中ではライラは好きな場所にワタリをすることが可能らしいから、移動については問題はない。町と町の間を渡って、それから俺と、人間の姿のライラと、ヒロとで町中くまなく探すのだ。作戦と呼べるか怪しい地道な手段だが、他に方法はない。俺たちは、まずはこの世界で初めて入った人の町、パルマに向かった。


 パルマの町は、初めて訪れた時よりずっと静かだった。嵐か近づいてくるのを感じ、皆外出を控えているようだ。ヒロがしきりに地面を嗅いでいる。

「わかりそうか?」

「うん。でも、この辺は人の匂いしかしないよ」

 とりあえず、町中を歩き回るしかなさそうだ。そうはいってもそれほど大きな町ではない。出歩く人もいないので、人目を気にせず調べることができた。


 1時間ほどかけて、町を1周した。ライラもヒロも、このあたりからはドラゴンの痕跡をつかむことはできなかった。ソロモンの言った通り、この町に他のドラゴンはいないようだった。

「あの、カイさん。ソロモンという男と住んでいるドラゴンの家に行ってみるのはどうでしょう」

「うーん」

 確かに、ライラを連れて行けば何か事実を教えてくれるかもしれない。しかし、自分がドラゴンであるという嘘をついてまで世間とのかかわりを断っている人物だ。あまり知られたくない雰囲気だったし、俺のことも警戒していた。進んで接触してもいいものだろうか。

 俺は迷ったが、ライラは何か手がかりが欲しいと思っているようだ。俺は全社の可能性にかけることにした。

「わかった。町の外れだからついてきて」


 歩くこと数十分。屋敷が見えてきた。薄暗い天気のせいか、屋敷は初めて来た時よりおどろおどろしく見える。隣の庭にはこの前はなかった植物が真っ黄色な花を咲かせていた。

 玄関の目に立つと、ノッカーがついていた。俺はちょっとためらって、控えめに2回たたいてみた。返事はない。もう1度、今度はもう少し強く鳴らしてみる。やはり返事はなかった。俺はちょっと安心した。

「留守みたいだな」

「そうですね。なにか重要なことが聞けると思ったんですが、残念です」


 パルマの町はすべて探し終わった。俺は事前に用意していた地図を広げた。

 地図と言っても、ものすごく単純なものだ。まず、ドラゴンの森があって、その東側にパルマ。その北側に、セイレンという大きな町がある。セイレンには川があって、その川がドラゴンの森にある湖に流れ込んでいるらしい。ライラから聞いた情報をもとに書き起こしたのだが、ものすごくおおざっぱだ。せめて縮尺でもわかれば地図らしくなっただろうが、そもそもドラゴンにとって距離はかなり曖昧なようだった。飛んで移動するにしてもそこまで時間がかからないし、遠ければワタリですむからあまり遠近は問題にならないのだろう。


 俺たちはパルマを出て、誰にも見られないだろうという場所に移動した。

「では、行きます」

 俺たちは再び手を取って、次の町へと飛んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る