9、崩壊
9、1
「すごわねえ。これ、ライラちゃんなの?」
「ああ。ドラゴンっていう生き物なんだけど、知ってる?」
「聞いたことはあるけど、ずいぶん立派な姿なのね」
俺はうちに帰って早速、動物たちにマスクト・レサの写真を見せた。ミケもアオもミドリも興奮している。
「ライラってホントはおっきいのね! ここでも変身してみてよ!」
「そんなことしたら家が崩れてしまうじゃないか」
ミケたちに注目されて、ライラは恥ずかしそうにもじもじしている。
「それで、ライラと同じドラゴンたちを探すことになったんだ。しばらくは向こうの世界に何回も行くことになると思う」
「私たちに何か手伝えることはある?」
「うーん。ミケはたぶん難しいと思う」
ネジャ・アルマには黒猫しかいないそうなので、ミケもユキと同じく人目を引いてしまうだろう。当のユキはキャットタワーのてっぺんでくたびれた体を休めている。
「僕は? その異世界っていうのに興味がある」
「私もつれてってよ!」
インコたちが口々に要求するが、こいつらはこいつらで、連れてったら気が休まらなそうだ。
「お前らはダメ。どっかいきそうだし」
「えー!」
2羽のブーイングを無視し、ヒロに目を向けた。しばらくは、ヒロを相棒にしたほうが探索がはかどりそうだ。ヒロはソファに腰かけたライラの足元に伏せって頭を撫でてもらっている。
俺も、2日続けて異世界へ行ったからかなり疲れた。盛り上がっているライラたちをおいて、俺は自分の部屋に上がった。
さっそく翌週末、ドラゴンの捜索に向かうことにした。長丁場になると予想して、水や食料を多めに用意する。たぶんライラは地図を持ってないだろうから、記録用の筆記用具とノート、それとコンパスもバッグに詰める。
持ち物はともかく、服装はかなり迷った。黙っていれば異世界人だとバレることはないだろうが、あまり浮いたかっこでは目立ってしまう。俺はパルマの町の人々の服装を思い出し、一番近そうな服を家の中で探し回った。そして、両親の寝室のクローゼットから父さんの黒いロングコートを発見した。たぶん、けっこういいやつだと思うがほかに良いのがないので、ひっそり断ってから拝借することにした。これで、俺の想像力が及ぶ範囲での準備は整った。もしほかに何か必要になれば取りに来よう。
そして土曜日、ヒロとライラと一緒に家を出た。今日は快晴。どこまでも広がっている空を見ると、これからの探検、もとい捜索が楽しみになってくる。俺もヒロも、もう神社までの道のりは慣れたもんだった。もう10メートル先に鳥居が見える。
その時、俺は違和感を覚えた。ここ数日で何度も訪れた神社の様子が、何かおかしい。果たして、鳥居をくぐった時違和感の正体が一目でわかった。
寂れた社、落ち葉に覆われた階段。そこに立っていたご神木が、根元から横倒しになっていた。
俺たちはしばらく絶句した。つい先週まで立派に神社を見守っていたご神木が、無残に横たわっている。根元が陥没し、根っこの先が露出していた。先週見た時はしっかり根を張っていたのに。朽ちていたり腐っていたわけでもないのに、いきなり倒れることなんてあるのだろうか。
「これ…どうしたんだよ」
何とかそれだけつぶやいたが、誰にも答えようがない。
「兄ちゃん、この木、なんで倒れちゃったんだろう」
「わからん…。地面がゆるんでたのかな」
倒れた木をよく見てみた。樹皮は乾いてはがれかかっていて、その上をところどころ苔が覆っている。顔を近づけてみると、幹は依然見た時より一層太く見えた。見ただけでは樹齢なんて判断できないが、半世紀以上は生きているだろう。ただの風で倒れるような太さではないし、そもそもここ数日の天気は穏やかだった。
呆気に取られていると、だしぬけに、「あれ?」とライラが声を上げた。
「ここ…以前と違っています」
「それは見ればわかるけど…」
「そうじゃなくて。神殿としての力を失っています」
一瞬何のことかと思ったが、そういえば最初、ワタリができるのは神殿だけだと言っていたのを思い出した。
「ってことは、もうあっちの世界に行けないのか?」
「はい。この場所からでは渡れません」
「ちょ、どうするんだよ」
「他に神殿があればそこから渡れますが…そんな場所、滅多にないですよね?」
「うーん」
確かに、神殿と呼べるようなものは近場にない。ただし、神をまつる施設ということなら、町内にもう一カ所神社があることにはある。誰にも知られていなかったこの神社でワタリができるなら、もしかしたらその神社でマスクト・レサへ向かうことができるかもしれない。
「もう1カ所、同じような場所があるから、とりあえずそこに行ってみよう」
俺は先頭に立って境内を出た。それにしても、この神社に何があったのだろうか。
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