8、5

 まだライラが幼いころ、人と竜とは頻繁に交流があった。

 それぞれの持つ力や技術を交換し、互いに利益を得ていた。

 人が竜に求めた力とは、自然を司る力である。その力によって、収穫を増やし、病をいやし、石炭や鉱物などの資源を大量に採掘することが可能になった。

 いっぽうで人も、竜に持ちえない技術を提供することで、対等に交易をおこなっていた。


 その際重宝されたのがナビーの能力である。

 それぞれに知能を有し、しかし共通する言葉を持たない両者の間を取り持つことができたのは、人外と話せる能力のおかげだった。国や軍などの組織がドラゴンとの交渉相手になると、ナビーは一層珍重され、通訳による報酬も膨らんだ。


 しかし、やがて人間の持つ技術も発達し、それによって医療も、製造も、科学も発展した。そして、わざわぜドラゴンに頼らずとも自ら資源を得て、より豊かな文明を築くに至った。ドラゴンとの交渉が減るにつれナビーの需要もなくなり、今ではその才覚で生計を立てることは難しい。さらに、交流そのものがなくなると人間のドラゴンに対する見方も変化し、不可解な力を持った、不気味なものという印象が広まりつつある。すると、ドラゴンと話せるという能力は無用の長物どころか、ともすれば異端となりかねない代物だった。ナビーを名乗る者はいなくなり、動物たちの声を聴く能力も明かさなくなった。もともと少なかったナビーは、今では0になった。


 こうして、竜と人との交流は途絶し、今ではお互いが何をしているのか全く知りえない状態になっている。





 ライラの説明を聞いて、俺はしばらく言葉を失っていた。が、これでクロの言っていたことの意味は分かった。別に人とドラゴンの仲が険悪なわけではなく、必要がなくなったから関わらなくなったというだけのことである。俺がドラゴンに協力したからと言って、別に問題はなさそうだ。

「ちなみに、その交流があったっていうのはいつ頃の話なの?」

「えーと、わたしがまだ小さいころだから、5、60年前です」

 俺はのけぞった。

「ごっ、50年? お前今いくつだよ」

「えーと、80くらいになると思います」

 ライラはどこから見ても年端もいかぬ少女に見える。そういえば、ドラゴンは人間より長命だとかラエドが言っていたが、この様子じゃゆうに5倍は長生きしそうだ。あるいは、ネジャ・アルマの1年が俺の世界より短いのか。まあそもそもライラは人間じゃないんだから、人間の基準を当てはめること自体が間違っているのだが。


 俺の驚きようなど気にも留めずに、ユキが、

「なんか、いろいろ複雑なんだな」

 とつぶやいた。クロがくちばしを開く。

「それだと、カイとユキが会ったってソロモンっつー男は何者なんだ?」

「それは、わたしにもよくわかりません…」

 俺は、屋敷での出来事を思い返した。そういえば、マタルと呼ばれていた少年は、庭の中で植物を急成長させていた。あれは、ドラゴンの力によるものだったのだ。それに、ソロモンも自分たちがドラゴンだと言っていたのだから、マタルがドラゴンだと知ってて一緒に暮らしていることになる。普通の人間なら、ドラゴンとの共同生活なんて気味悪くてできないのではないだろうか。

「もしかして、あの男もナビーなのかも」

「本当ですか?」

 俺の推測にライラは目を丸くした。

「森のこんな近くにナビーが住んでたなんて。全然気づきませんでした」

 俺は数週間前のライラとのやり取りを思い出した。

「ドラゴンは、見ただけじゃ相手がナビーかどうかわからないんだ?」

「はい。話してみないことにはわたしたちにもわかりません」

 だから、俺が病室で初めて話しかけたとき驚いてたんだ。

 ソロモンがナビーだとすれば、もしかしたら、異世界の人間であってもナビー同士なら言葉が通じるのかもしれない。


「おい、カイ。カイってば」

「え、何?」

 ユキがこちらを見上げている。

「もうお腹いっぱいだよ。今日はもう帰ろうぜ」

 この数時間の出来事でユキは疲れ切ってしまったようだ。ユキの言葉に、俺自身も疲労を自覚した。それでも、今日1日でドラゴンたちがどこへ消えたのかという手掛かりは得られた。これからは、人の住む町を探すことになるだろう。となれば、ユキを連れて歩くのは得策ではない。ユキの言う通り、今日は引き上げた方がよさそうだ。


「ライラ。今度から、町を重点的に探してみよう。案外、マタルってドラゴンみたいに、すぐ見つかるかもしれないし」

「そうしましょう。やっぱり、カイさんにお願いしてよかった」

 ライラの表情がほころぶ。まだ何もしてないのに、こうも感謝されるとこそばゆい。

「おい、カイ。次はいつこっちに来るんだ?」

 どうやら、クロも興味津々のようだ。

「わかんないけど、また手助けしてくれるのか?」

「ここまで来て、仲間外れはナシだぜ」

 どうやらクロも興味津々なようだ。空を飛べるやつが仲間になってくれるのは心強い。ミドリやアオにも手伝ってもらおうか。

「あ!」

「カイ、どうしたんだ?」

 俺はバッグを下ろして中を探った。それは底の方にあった。

「今度こそ、写真、撮っとかないとな」


 ライラに変身してもらって、写真を何枚か撮った。フレームに収めると、ドラゴンの姿は一層迫力がある。大きさを比較できる対照物がないのが残念だ。他に、ドラゴンの森やパルマの町、ついでにクロやげっそりしているユキも記念に撮っておいた。

「よし。これであいつらも信じるだろ」

 再びカメラを仕舞う。

「ユキ、お前も入っとけ」

「なんでだよ」

「またビビって飛び降りられたら困るからな」


 俺たちは、翼を振るクロに見送られ、マスクト・レサを後にした。



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