8、招待

8、1

 俺はしばらくユキの言葉の意味を考えてから、尋ねた。

「あの子、人間の匂いじゃないってこと?」

「ああ。風下だったから、確かだ」

 俺は口をつぐんだ。


 人間とは違う、ライラと同じ匂い。それは、彼がドラゴンである可能性を示唆している。俺は一度ドラゴンの森を振り返ってからユキを見た。

「どうする?」

「どうするって?」

「あの子、ライラたちが探してるドラゴンの一人かも」

「おい、何の話だ?」

 クロが怪訝な顔をしたので、俺は若いドラゴンたちが失踪していることを説明した。クロは「ほほう」と興味深げにうなった。

「ドラゴンがそんな危機に見舞われてるとは知らなかった。確かに、あの坊主が何か知ってるかもしれねえな」


 まずは、ライラと合流したいのが正直なところだ。でも、有効な手がかりを見過ごすのも気が引ける。

「悪い、ユキ。先にあの森へ行っててくれないか?」

「どうする気だ?」

「あの子を追いかけてみる」

 ユキは目を丸くする。

「でも、ライラがオレ達を探してるぞ」

「うん。だからユキは森へ行って、他のドラゴンに伝えてくれないか。たぶん、ラエドってドラゴンがいるはずだから」

 ユキは忙しなく歩き回った。

「おいおいカンベンしてくれよ。オレはまだドラゴンに会ったことがないんだぞ?」

 本気でおびえているようだ。しかし、ライラに居場所を知らせないと、きっと心配してるだろう。


 すると、クロが声を上げた。

「それなら、オレがドラゴンに話をつけに行ってもいいぜ。カイがパルマの町でドラゴンを追ってるって言えば通じるか?」

「本当か?」

 驚いて聞き返すと、クロは鷹揚にうなずいた。

「ああ。それくらいならたいしたことじゃない」

「ありがとう」

 ユキは戸惑って俺とクロを交互に見ている。

「カイはどうするつもりなんだ?」

「とりあえず、あの子が何で町にいるのか確かめないと。もしかしたら、いなくなったドラゴンは、みんなあの町に住んでるのかも」

「オレはどうすればいいんだよ」

「できれば、ユキにも一緒に来てほしいんだけど…」


ユキはしかめ面で黙り込んだ。でも、俺の気が変わらないのを察したのか観念したようにため息をついた。

「わかったよ。でもあんまりあてにしてくれるなよ。またあんな風に追いかけられちゃたまったもんじゃないからな」

俺は礼を言ってから再びバッグにユキを入れ、少年を追って町へ引き返した。



少年はゆっくり歩いていたので、すぐに見つけることができた。でも町の中心へは向かわず、閑散とした道を進んでいく。森が北側だから、少年は東に向かって進んでいる。幸い周囲に人はいないので、俺は思い切って少年に呼び掛けた。

「おーい! 君!」

 声を張って少年を呼び止めようとしたが、少年は振りかえらずに進んでいく。もっと近づいてもう1度声を上げた。

「待って! そこのドラゴン君!」

 どの敬称を使えばいいかわからず変な呼び方になる。しかし少年は声に気づいたらしく、立ち止まってこちらを振り返った。走っていくと、バッグに詰められたユキが抗議の声を上げた。


 少年の前に立つと、少年はぼうっとした表情で俺を見上げた。

「あの、君、ドラゴンだよね? どうしてこんなところにいるの?」

 少なくともこの子は人間じゃない。俺の言葉は通じるはずだ。そう思って返事を待った。

 が、彼はぼんやりと俺を見つめるだけで何も答えない。

「あの、わかる? 俺ナビーなんだけど、君はドラゴンだよね?」

 もう一度聞きなおすが、やっぱり少年は無言だった。

 耳が聞こえていないのか? いや、さっきは俺の声で立ち止まったはずだよな。

 そう怪訝に思っていると、


「しゃべるな、いわれてる」

 突然、拙い返事をしたかと思うと、少年は踵を返した。


「え、ちょっと!」

 少年は見事に俺を無視し、再び歩き出した。肩越しにユキと目を合わせる。

「どうするんだ?」

「うーん。でも、やっぱり人間じゃないよな」

 容姿もライラに似ているし、何より、少年が何を言っているのかが、はっきりと聞き取れたのだ。ドラゴンとみてほぼ間違いない。

 ユキは不安そうな顔をしている。

「先に、ライラと合流した方がいいんじゃないか?」

「いや、見失わにうちにあの子の行先を確かめよう」

 ユキは不服そうだが、俺は構わず先に進んだ。



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