8、2

  俺は、少年から5mほど離れてついていった。遮蔽物もないので、尾行しているのがまるわかりだ。なのに、少年は俺たちのことは気にも留めず、目的地に向かって真っすぐ歩いている。


 10分ほど歩くと、向かう先に家が見えてきた。かなり大きい。家というよりは屋敷という雰囲気だ。モノトーンの石を組み上げた、2階建ての豪邸である。少年は、その屋敷へ向かっていった。人間だって滅多に住めないような屋敷に、ドラゴンが一人で住んでいるのだろうか。不思議に思いながら歩いていくと、もっと奇妙なものが目に飛び込んできた。


 家の向かって左側に、高い柵で囲われた一画がある。その中に3、4頭の動物たちがいた。信じられないことに、その動物たちは、実物とは思えないような姿かたちをしていた。


 真っ白い角のある馬、翼の生えた鹿、二股の尾をもつ牛――――。


 どの動物も、絵本や漫画でしかみたことないような姿をしている。驚きのあまり口をポカンと開けたままその動物たちを見ていると、少年は、何のためらいもなく、その囲いの中に入っていった。


「入ってったぞ、カイ。お前もいけよ」

「何言ってんだ! あんな所ついていきるかよ!」

「見たことない生き物だし、面白そうじゃん」

「無理だって!」

 俺はユキの提案を即座に却下する。俺は木の陰に入り、固唾をのんで少年の行動を見守った。


 柵の中には動物の他に、これまた奇妙な植物が生い茂っていた。少年はその植物を避けながら一頭の動物に近づいた。いわゆる「ユニコーン」である。ユニコーンは緑色に光る葉っぱを大人しくんでいたが、少年に気づくと近寄っていった。よく見ると、右後ろ脚を引きずってひょこひょこ歩いていて、元気がなさそうだ。

 少年はなおもぼんやりとした表情をしているが、ユニコーンがすり寄ってくると腰をかがめて、怪我をしている足に触れた。ユニコーンは、されるがままに少年をじっと見つめている。


 何してるんだろうと訝っていると、やがて少年は立ち上がった。怪我の様子でも確かめたんだろうか。

 そう思いながら見ていると、急に、ユニコーンが嬉しそうな顔をした。と思う間もなく、前足を上げて、柵の中を駆け回りだした。さっきまで足を引きずってたのが嘘のように、活発に走っているのを見て、俺は言葉を失った。

 まさか、あの少年が、怪我をたちまち治してしまったのか。



「おいカイ、あれは一体どういうことだ」

「わかんない…。あの子が治したみたいに見えたけど…」

 目の前で起こった出来事がにわかに信じられず、俺はあいまいに応えることしかできなかった。いっそのこと、少年本人に聞いてみるか? しかし、さっきも無視されたし、たぶん聞いても無駄だろう。

 ここで悩んでいてもらちが明かない。少年の住まいは分かったんだし、さすがにライラと合流して、一緒に来てもらった方がいいだろう。

 そう思って俺は屋敷に背を向けた。。



 ガチャ



 予期せぬ物音がして、俺はびくりと身体を竦ませた。おそるおそる音のした方へ目を向けると、屋敷の扉が開いていた。扉の前に、誰かが立っている。


 長身の男だった。歳は30後半くらいだろうか。黒い、厚手のガウンを着ている。髪は、黒い服と対照的な銀髪で、肩のところで結っている。彫りの深い顔立ちで、その鋭い視線は、まっすぐ俺に向けられていた。


「何をしている」


 予想していたよりずっと冷たい声に、俺は息を呑んだ。何をしていると聞かれても、言葉が通じないんだから弁解しようがないじゃないか。


 そう思ってからはっとした。違う。今はっきりと「何をしている」と聞こえたじゃないか。ということは、この男も少年と同じ、人間の姿をしたドラゴンということか。

 ここは、正直に「ドラゴンを探しにきました」と答えるべきだろうか。しかし、このドラゴンにはライラやラエドに比べて、あまり親しみやすい感じではない。

 もしかしたら、このドラゴンは人間のことを忌み嫌ってるのかもしれない。だとしたら、逆鱗に触れないうちに退散しなくては。


「突然すみません。迷子になってしまって、帰ります」

 焦って舌がもつれる。俺は何か言われる前に屋敷に背を向けた。

「待て」

 強い口調に脚が硬直する。一度立ち止まってしまえば、聞こえなかったふりはできない。俺はこわごわ振り返った。


 男はなおも眉間にしわを寄せているが、さっきよりも少し口調が和らいでいる。

「見慣れない格好だが、旅人か?」

「え、あー、そんな感じです…」

「せっかくこんな辺鄙な場所に来たんだ、少しうちに寄っていかないか」

 そんな余裕などないのに、俺の頭に「三枚のお札」のワンシーンが浮かんだ。

「すみません。急いでいるので…」

「時間は取らせないよ。なんせこんなところに住んでるんだ、人恋しくてな」

 男の容貌はおよそ人恋しさとはかけ離れているのだが。しかし、友好的な言葉とは裏腹に有無を言わせない迫力がこもっていて、気の小さい俺には断りきれなかった。

「あの、それじゃあ、少しだけ…」

 しどろもどろする俺を見て、男が目を細めた。

「ありがとう。歓迎するよ」

 そう言って不慣れそうな笑みを浮かべた。

 


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