7、3

 久しぶりに聞き取れた言葉に、俺の鼓動が早まった。声は地面の近くから聞こえてきた。あたりを見回すと、向こう岸の岩の上に、黒い鳥がとまっていた。カラスに似ている。俺が鳥を見つめると、鳥もこちらを見返した。


「あ、あの、俺の言葉が聞こえてるのか?」


 向こう岸に声をかけると、鳥が動きを止めた。

 どうか逃げてくれるなよ、と念じていると、鳥が飛び立った。と思いきや、こちら側の岸に降り立つ。俺の左手5メートルの距離だ。俺は鳥をまじまじと見た。見れば見るほど、というか、どっからどう見てもカラスだ。カラスも俺のことを値踏みするように観察している。そして、


「オレには聞こえているが、オマエには聞こえているのか?」


 一拍遅れて、俺は喜びで飛び上がりそうになった。やっぱり通じるんだ!

 俺はカラスに警戒されないよう、何度もうなずきながらゆっくりかがんで目線を合わせた。

「ああ、聞こえてるよ。ちょっと困ってて、助けてほしいんだ」

 そう答えると、カラスは興奮して羽ばたいた。

「スゲェ! お前ナビーか。最近はめっきり減ったって聞いてたが、こんなところでお目にかかれるたあ驚きだ」

「ナビーって、お前たちと話せる人間のことだよな」

「そうだ。まあナビーのお得意さんはもっぱらドラゴンたちだがな」

 言葉が通じるということをこんなにありがたく思ったのは始めてだ。カラスが首をかしげる。

「それにしても、今じゃ人間にもナビーなんて職業は耳慣れねえのか。こりゃ、人間とドラゴンの仲が悪くなるのもうなずけるぜ」

 カラスはいろいろ気になることを言ってはいるが、細かい質問は後回しだ。唇を湿らせて尋ねる。

「その、ドラゴンたちのいる森に行きたいんだけど、場所を知ってるか?」

「知ってるぜ。北へまっすぐだ。パルマの町を抜けると近いぜ」

 カラスは逆の方向へ首をかしげた。

「ティナンの森の場所を知らんなんておかしなやつだな。それに、ナビーだって歓迎されるかわからんぞ」


 なんと返していいかわからず、俺は黙った。できれば、この物知りなカラスに協力してほしい。かといって、別の世界から来たといったところで信じてもらえるものだろうか。


 迷っていると、カラスが言った。

「ははあん、ワケアリか?」

「うーん。言っても信じてもらえるかどうか」

「保障はしかねるが、とにかく話してみろよ」

 そう説得されたので、俺はなるべく短く、わかりやすく今までのことを話すことにした。



「なるほど。オマエは隣の世界の人間だったんだな」

 俺が事情を説明し終わると、カラスはそう言ってうなずいた。異世界などというよ突飛な話を、すんなりと受け入れてくれた。

「ここじゃ、別の世界があるっての常識なのか?」

「他の生物は知らねえよ。ただ、カラスはあまねくどの世界にも棲んでるから、オレたちにとっちゃ常識だ。オマエだって、この美しい濡れ羽色を見たことがあるだろ?」

 カラスは片翼を広げて見せた。カラスにとっても自慢の色らしい。元の世界ではカラスと話したことがなかったから、全然知らなかった。


「さて、オマエの話は分かった。オレは何をすればいい?」

 思わず口元が緩んだ。予想外のアクシデントに見舞われたが、友好的な生き物に会えたことが嬉しかった。

「その、ドラゴンの森まで案内してくれないか。できれば、はぐれた家族も探してくれると嬉しいんだけど」

「カッカッカ。お安い御用だ」

 カラスがぴょんぴょんと近づいてくる。

「道案内はいいとして、その家族ってのはどんな奴なんだ?」

「えーと、猫なんだど、猫ってわかるか?」

「おう。猫ならこの世界にもごまんといるぜ。でも他に特徴がわかんねえと、探しようがねえな」

「うーん」

 特徴といっても、ユキはごく普通の猫だ。隻眼とか、尻尾が短いとか、変わったところはない。

「大きさは、これくらいで、色は真っ白なんだけど」

「真っ白? そいつはすごい」

 カラスは驚きの声を上げた。


「十分手がかりになる。この世界じゃ、黒以外の猫なんて見たことねえからな」


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