7、2
俺は地面にしりもちをついていた。強い衝撃はなかったが、尻がいたい。幸いなことに、ケガはしていない。顔を上げると、見たことのない景色が広がっていた。
地面は平らで、草もほとんど生えていない。あたりを見渡したが、どこにも森は見えない。その時視界に入ったものを見て、俺は驚いた。
そう離れていない場所に、大きな角ばったものが見える。岩、ではない。上には三角の屋根のようなものが載っているし、光を反射しているのは、窓ガラス? なんにせよ、一目で人工物だとわかる形状をしていた。
人が、住んでいるのか?
昨日来た時は、最初出会った生き物がドラゴンだったから、それ以外にどんな生き物がいるかなんて、考える余裕がなかった。ましてや人間がいる可能性なんて、まったく想定していなかった。
一人でやみくもに行動して大丈夫だろうか。
「ユキ、ライラ」
試しに呼んでみるが、返事はない。不安より、呆れの方が強かった。まさか、こんな形ではぐれることになろうとは、まったく劇的である。しばらく尻をついたまま途方に暮れた。
しかしじっとしてもいられない。俺はゆっくりと腰を上げた。もし人が住んでいるとすれば、ひょっとしたら助けてくれるかもしれない。それ以外に案も浮かばなかったので、とりあえず、家らしき建物に向かうことにした。
歩いて行ってみると、それはやっぱり家だった。西洋家屋のようなレンガ造りで、しかもそれが数十メートルおきに立ち並んでいる。俺の世界の家の形に、恐ろしく似ていた。
幸か不幸か、人影はないので、20mまで近づいた。
ここからどうしよう。普通に家を訪ねてもいいものだろうか。そもそも、住んでるのが人間じゃなかったらどうしよう。
突っ立ったまま逡巡していると、不意に、ガチャ、と音がした。
はっとして顔を上げると、ある一軒のドアが開いていた。とっさのことだったので、物陰に身を隠すこともできずに硬直する。
ドアから、少年が出てきた。普通の男の子である。少年は手に茶色いボールのようなものを持っている。遊びに出てきたのだろうか。
とりあえず、異世界で初めて見る人間が子供だったので、俺はほっとした。少年はこっちの方向に歩いてきた。俺に気づいて足を止める。俺は少年に向かってゆっくり歩いて行った。背格好10歳くらいの少年が、俺の顔をじっとみつめている。
「あの、ちょっといいかな?」
怪しまれないようにゆっくり、優しく声をかける。少年はきょとんとしている。
「あ、えっと、道に迷っちゃて。大きい森を探してるんだけど…」
少年が首をかしげる。そして、口を開いた。
「Reda,Nayiniae¿」
俺は絶句した。少年が発したのは、まるで聞きなじみのない言葉だった。
「え、あ、あー、ク、クデュユーテルミー…?」
試しに英語で話しかけてみるが、少年は眉をひそめた。
「Naytino,oyian arakaw akon-uret tietnan」
だ、ダメだ。全然わからん。もしかして、この子は人間じゃないのか? 一瞬そう思いかけて、すぐ思い違いに気づいた。
違う。人間だからこそ通じないのだ。俺が話せるのは動物と、日本人だけ。そりゃ話そうと思えばへたくそな英語もしゃべれないではないが、その程度だ。俺が自由に使いこなせる言葉は2つのみ。それ以外の言語は聞き取ることも、話すこともできないのだ。
俺はいぶかしんでいる少年にあいまいな笑顔を向けつつ、ゆっくりとその場を離れることにした。不審者として大人を呼ばれたら大ごとになりかねない。ここが日本なら、困っている外国人に手を差し伸べてくれる優しい人もいるかもしれない。
ただ、この世界の人々が必ずしも他民族に対し寛容であるとは限らない。捕らえられて、なにか処分を受ける可能性もある。俺は現地人の目に付かないように、集落から離れた。
こうなったら、人間は頼れない。でも、他にどうすればいいんだ? ここがどこかもわからず、話の通じる相手もいない。ユキとライラを探すとか言う以前に、自分の身が危ないのだ。解決策が思い浮かばず、焦りと恐怖が募る。
あれこれ考えながら歩くうちに、川にたどり着いた。
幅20メートルほどで、川岸には大小さまざまな石が転がっている。全体の中流に当たる場所のようだ。昨日降りた場所には、川なんてあっただろうか。
まずは、ここがどこなのか見当をつけないと。
ピーヒョロロ
空を見上げると、鳥が旋回していた。尾が異常に長いトンビ――。
あれは、昨日こっちの世界に来た時にも見た鳥だ。
あの鳥の生息域はどれくらい広いのだろう。もし、ごく限られた地域にしかいないとしたら、ここは昨日の場所からそう遠くないはずだ。あるいは、あの鳥の後をついていけば、昨日の場所にたどり着けるかもしれない。
いや待てよ。そもそも、俺、あいつと話せるんじゃないのか?
日本語以外の言語は通じないが、人間以外の動物には言葉が通じるはず。ライラと話せるのだから、俺が知っている生き物かどうかとか、同じ世界に住んでいるかどうかとかは関係ないはずだ。
俺はちょっとためらってから、大きく息を吸い込んだ。
「おーい、聞こえるかー? 聞こえたら返事してくれー!」
ピーヒョロロ、という鳴き声が止まった。しかし、彼(もしくは彼女)が下りてくる気配はない。
「こっちに来てくれないかー」
もう一度呼びかけるが、返事はない。離れていて聞こえないのか、それとも、やっぱり通じないのか? 一瞬ふくらんだ期待がみるみるしぼんでいく。
「なんだあいつ。変な人間だな」
初めて聞く声に、俺は顔を上げた。
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