6、4

 座っていなかったら、腰を抜かしていたかもしれない。予想していたよりずっと大きいドラゴンが湖の中から姿を現した。ライラの何倍もある。ドラゴンは俺達には目もくれず岸に上がって翼を広げた。

 背丈は10mくらい。体つきはライラと似ているが、鼻先から伸びた2本のひげと、頭から背中にかけて生えているのは、たてがみか。顎には白銀のひげを蓄えている。


 ヒロが駆け寄ってきた。さすがにあの大きさに怯えている。

「ライラ、あれは…」

 無意識に声を落としてそう訊いた。しかし、ライラの表情を輝かせていた。

「あの方は、私の育ての親です。あの方に会わせたいと思っていたのです」

 そう言って立ち上がると、ライラはゆっくりと岸辺に向かっていった。

「ラエド! 今帰りました。ネジャ・アルマのナビーに来ていただきました」

 ライラがそう呼びかけると、水を滴らせたドラゴンが俺たちの方を向いた。

「おお、ライラか。渡ったきり帰ってこないから心配したぞ」

 そして、ドラゴンは俺に目を留めた。俺は腰を上げかけて、中途半端な姿勢で固まる。巨大な竜に射貫かれて、俺は身動きできなくなった。

 ラエドと呼ばれたドラゴンは俺を認めると目を見開いた。


「貴君が水の国のナビーか。はるばるご足労おかけする」


 その威容とは裏腹に、慇懃な口調でそう言った。



 俺たちは湖のそばで向かい合った。ライラは人の姿のままだが、ドラゴン、ラエドは人の姿にはならなかった。

「我はラエドと申す。この森では一番の古株だ。貴君の名をお尋ねしてもよいかな」

 俺は慌てて口を開いた。

「あ、えと、カイです。桐島カイ」

「ぼくはヒロっていいます」

 ヒロも安心したのかお座りして答えた。ラエドが目を細める。

「我らが故郷までよく来てくれた。ライラに失礼はなかったかな」

「そんなことはしていません!」

 ライラが珍しくムキになって答えた。育ての親と言っていたから、ライラはこのドラゴンの娘ということか。

「ゆっくりしていってくれ、と言いたいところだが、ここまで来てくれたということは、ライラから話は聞いているのかな」

「えーと」

 話、といってもよくわからない言い伝えのことしか聞いてない。何と答えればいいか迷っていると、ラエドが俺の困惑を読み取ったようだ。

「我らティナンの伝承によって貴君をお呼びたてしたのだ。まずは一から事情を説明せねばなるまい」

 そう言って、この世界で起こっていることを語り始めた。



「この地が我らが故郷、古くからずっとこの地に住んでいた。我らは歴史を記すすべを持たぬゆえ、どれほど古いかは定かではないがな」

 ラエドは座って2本のひげをくゆらせている。低く朗々とした声が湖畔に響く。

「我らは、他の種族と違って子をなさぬ。時折、森や、河や、空から生まれおつのだ。人よりは永く生きるが、やがては死に、森や河や空へ還る。それゆえ、これまではずっと同じ数の同胞が暮らしていた」

 しかし、とラエドは表情を暗くして続けた。

「この頃、その同胞の数が減りつつある。生まれる数は同じはずだが、若い者が姿を消しているのだ。我らは群れを作らぬから、どこへ消えたのか、何故消えたのかが一向にわからぬ。このままでは、いずれ全ての竜がいなくなるだろう」

「“我が子らの姿消え、血絶えなむ時、水の星より言の葉をりし人来りて同胞はらからを助けむ”。まさか、我が生きている間に伝承通りのことが起きようとは…。そして、ワタリができるようになったばかりのライラが、勇んで水の国へ向かった、というわけだ」


 俺はライラを見た。ライラは目を背ける。ラエドがふっと笑った。

「慣れもしないのに一人で渡りおって。戻るのに時間がかかったのは、さてはワタリがうまくいかなかったのだろう」

「ああ、それで…」

 俺は初めてライラに会った時の衰弱した様子を思い出し、合点がいった。ライラは声をとがらせた。

「た、たしかにうまくはいかなかったけど、こうしてナビーを連れてきました」

「ああ。我も、本当に言い伝えどおりの者が来るとは思わなんだ。よくやったな、ライラ」

 ラエドはそう言うと、尾をかざしライラの頭をゆっくり撫でた。ライラはびっくりして目を丸くした。少し頬を赤らめる。

「やめてください、子ども扱いは!」

 俺は、ライラの新鮮な一面をまじまじと見ていた。


 ラエドが一つ咳払いをする。

「とまあ、こういう次第でな。ところで、貴君は我らを助けるというのがどういう意味か知っているか?」

 俺は慌てて首を振った。

「い、いいえ。俺も初めて聞いた話だし、全然心当たりがなくて…」

「そうなのか。よく信じて来る気になってくれたな」

 俺は、ふくれっ面で膝を抱えているライラを見た。

「ライラがすごく必死な様子だったので、勢いに押されたというかなんというか」

「そうか。ライラ、本当にお手柄だったな」


 ライラは、膝に顔をうずめた。


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