6、2

 先を行くライラに従って坂を下りていくと、ふもとの方に木々が見えてきた。坂の上から見下ろすと、すぐ近くに山脈が連なっている。山の裾野にはうっそうとした森が広がっていた。

 あたりを見回すと、自然に囲まれてる割には動物が見当たらない。ほかに生き物はいないのかと思っていると、頭の上から笛のような音が降ってきた。見上げると、何かが飛んでいる。ぱっと見はトンビのようだが、体長の何倍もある長い尾を引きながら旋回している。俺の知っている生き物ではなさそうだ。

 降りたところは広い草原になっていて、ところどころに木が立っているほかは、何の目印もない場所だった。その木も近づいてみると、奇妙な紋様が浮かんでいる。これも地球のものではないらしい。正真正銘、ここは異世界のようだ。


 でも、俺のいた世界と法則から何から何まで違うというわけでもない。木は木だし、鳥は鳥だ。空気もあって、重力もある。初めて見る不思議な生き物も、気味が悪いというほどではない。ハーネスを外して自由になったヒロが、そこここを嗅ぎまわっているが、ヒロもとくに怯えていないようなので、俺の警戒も徐々に薄れていった。


「ライラの仲間って、どこに暮らしてるの?」

「ここから少し離れた場所に深い森があります。多くの仲間はそこで暮らしています」

「今のライラみたいな、人の姿で?」

「いえ、森の中ではみな普通の姿で過ごしています。それ以外の場所に行くときだけ、目的に応じて姿を変えています」

 ってことは、その森に入ったらライラもさっきの姿に戻るのだろうか。俺ひとり人の姿でドラゴンに囲まれるのはあまりにも心細い。しかし、ライラ自身はこうして礼儀正しく謙虚な性格なんだから、ほかのドラゴンたちも獰猛ということはないだろう、と自分を励ましながら歩いた。


 しばらく行くと、木々の数が増えてきた。そして森に近づくほどに、俺は奇妙な違和感を覚え始めた。

 丘の上から見たときは、森の入り口はすぐそばにあったような気がするのに、歩けば歩くほど木々が遠ざかっていくような感じがする。俺は何度も目をこすって、目的地にしっかり焦点を合わせようとした。うん、確かにすぐそこに木が生えている、はずなのに、全然たどり着かない。

 さらに歩くと、俺は徐々に森との距離感をつかみ始めた。そしておののいた。森は

すぐ近くではない。それどころか、まだかなり離れていた。


 森が近いのではない。そこに生えている木がばかでかいのである。


「ら、ライラ? あれ、あの森にドラゴンが住んでるの?」

「はい。とても住み心地がいいですよ」

 ライラは誇らしげだったが、それどころではない。縄文杉みたいなでかい木がなんのありがたみもないほど密生しているのだ。ヒロも木の大きさに気づいたらしい。

「すごいね兄ちゃん! とっても大きな木だよ!」

 初めて見る巨木にも、ヒロは全く物怖じしていない。それどころか、ここまで手付かずの自然に触れあったことがないので、興奮している。俺とライラのはるか先まで駆けだしてみては、再び走って戻ってくるということを何度も繰り返していた。


 そうこうするうちに、ようやく森の入り口に着いた。もちろん入り口といっても、自然公園の遊歩道のような整地されたものではない。見慣れた背丈の木々が途絶え、突然大木の密生地が始まっている。

「ここ…だよな」

「はい。危険な生き物はいないので、安心してください」

 ライラは胸を張って請け負った。そりゃあ、ドラゴンにとって恐ろしい生き物などそうはいないだろうよ。

 ためしに、木の幹に触れてみた。異様に大きいこと以外、これといった違いはない。少しだけ安堵する。

「カイさん」

 先の木の根元で、ライラが俺を呼んだ。

 ずっとためらっているわけにもいかない。俺は、意を決して巨木の森に踏み入った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る