6、異世界
6、1
…………。
はっ!
俺は我に返った。比喩でなく、本当に思考が停止していた。強く頭を振って、なんとか判断力をとりもどす。
「ライラ、なのか?」
「はい、そうです。この姿をお見せするのは初めてですが」
いつもの声、いつの口調だ。どういう訳かわからないが、目の前の架空の生き物がライラであるということを確信してしまった。念のため頬をつねってみるが、普通に痛い。言葉に迷った挙句、俺は何とかこう口にした。
「……ドラゴンって、いるんだな」
爬虫類顔をしたライラが首をかしげる。
「この姿は、どこの世界でも広く知られているはずですが、カイさんがご覧になるのは初めてですか?」
初めてというか、そりゃ見たことはあるが。
「俺の世界じゃ、想像上の生き物ってことになってるから」
「そうなんですか? 私たち、古くはネジャ・アルマとも交流していたので、てっきりご存知だとばかり…」
すると突然、ライラの背後の翼が縮み始めた。あっという間に体全体が収縮していき、ものの数秒で人の姿になった。服まで着ている。
「いきなり元の姿になってしまってすみません。驚かせてしまいましたよね」
「…いや、いきなり変身するのもものすごくびっくりするんだけど」
俺は開いた口がふさがらなかった。
「わわわっ、すみません!」
ライラは首をすくめた。相変わらず腰が低い。瞬間移動といい、ドラゴンの姿といい、たしかにライラは人間じゃないことがはっきりした。にわかには信じがたい状況だが、ライラがいつもと変わらないので、俺はちょっと安心した。そして安心すると同時に、好奇心がふつふつと湧いてくる。俺はライラの背後に回ってみた。翼は影も形もない。俺はライラの肩甲骨のあたりに触れてみた。
「ひゃっ!」
「あ、ごめんごめん。すげーな、ほんとに元に戻ってるよ」
「すごいすごーい!」
ヒロもはしゃぎながらぐるぐる回っている。俺たちにまじまじと見つめられたせいか、ライラは顔を赤くした。好奇心がさらなる疑問を呼び起こす。
「ライラって、他の生き物にも変身できるの?」
「あ、はい。生き物なら」
「ドラゴンって、みんな変身できるんだ?」
「えっと、そうですね。好き嫌いはありますが…」
「じゃあ、この世界ってライラみたいなドラゴンが大勢いるの?」
「人ほど多くはありません。他の世界に渡っている者もいますし。それにお話した通り、行方不明になってしまった者も…」
「そうなのか」
俺はいたく感心した。何から何まで本当のことらしい。ライラは戸惑っている。そりゃそうだ、自分の常識が、俺にはまるで通じないんだから。
とにかく、これでライラが人間でないこと、そして異世界が存在することが証明されてしまった。
「あの、これで私の話を信じていただけましたか?」
「まあ、な」
「よかった。信じてもらえて」
ライラは無邪気に喜んでいる。ドラゴンのくせに、謙虚なやつだ。
「で、俺は何をすればいいの?」
聞かれたことが嬉しかったかのか、少しためらいがちにはにかんだ。
「もしよろしければ、私の仲間のところへお連れしたいんです。そこで言い伝えのこともお話しできればと…」
「仲間って…ドラゴンの?」
「はい」
さっきのライラの姿をした生き物たちがいる場所に? 鋭い牙と爪をもったドラゴンたちに囲まれたところを想像して、少し寒気がした。しかし断る口実も浮かばず、ライラが期待に満ちた表情をするもんだから、俺はあいまいにうなずくしかなかった。
他のドラゴンも、ライラと同じくらい友好ならいいんだけど…。
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