5、2

 平日をやきもきしながら過ごしていると、ついに土曜がやってきた。俺は不安と期待の混じった複雑な気持ちで朝を迎えた。緊張のせいか、目覚ましより早く目が覚めてしまった。


「あんた、今日はやけに早いのね」

 階下に降りると、テレビを見ていた母さんに声をかけられた。不審がられないだろうかと身構える。

「ちょうどいいから、ヒロの散歩に行ってきて。私もう出るから」

「あ、うん」

 特に疑問にも思わないらしかった。気づかないでほしいような、気にしてほしいような、複雑な心境になる。とはいえ、ちょうどヒロを連れてこうと思っていたので都合がいい。


 ライラはまだ寝ているのだろうか。落ち着かないので、客間をのぞいてみる。ライラは布団をかぶっていた。部屋に入って静かに近づく。

「ライラ…?」

 そっと声をかけると、ライラはこちら側にむくりと寝返りをうった。

 ライラがうちで暮らすようになってから4日たつ。すっかり慣れてきたようで、人んちの枕で安らかに眠っている。俺はこんなに緊張しているのに、当の本人がぐっすりとは呑気なものだ。

「ライラ、そろそろ起きなよ」

 呼びかけてみるが、起きる気配はない。肩をつかんでゆすってみる。


「ライラ、ライラ―――ぎゃあ!!」


 俺は悲鳴を上げて手を離した。ライラが、手に食らいついた!

「なにしやがる!」

 思わず叫んでライラをにらみつけるが、すやすや寝息を立てている。寝ぼけて噛みついてくるなんて、どんだけ意地汚いんだ。

 さすがにムカついて起してやろうかと思ったが、

「むにゃむにゃ…カイさん…これも…おいしいです」

 などと満足げな寝言を言われたので、怒る気が失せた。俺はため息をついて、先に朝食をとることにした。


 休日は、食べてもパン一枚とか軽く済ませていたが、今日はそうはいかない。何が起こるか分からない以上、しっかりエネルギーを補給しなければ。そう思ってご飯とみそ汁をよそって食卓に着いた。手を合わせて食べ始める。

「俺、今日出かけてくる」

「あら、そう。駅まで乗せてく?」

「近所だから大丈夫」

 そんなに遅くなるつもりはなかったが、一応伝えておく。母さんも別に根掘り葉掘り聞いたりしなかった。軽く化粧をして、「じゃあ行ってくるから、戸締りよろしくね」と家を出て行った。


 ニュースを見ながらご飯を食べていると、小鳥たちがさえずった。 

「カイ! 今日は早いじゃない」

 アオがかごの中で羽を広げた。相変わらず目ざといやつだ。「まあな」と聞き流す。


 俺は、ユキ以外の動物たちにライラ話は伝えてない。本当かどうかもわからないうえに、しゃべったら確実に大騒ぎになる。まずは事実を確認しようということで、ユキとは話をつけてある。

「ごちそうさま」

 ちょうど食事を終えた時、ライラが居間にやってきた。服も髪も整えてあり、目もパッチリ開いていた。

「すいません。遅くなって」

「まだ時間はあるから。ゆっくりしてていいよ」

 そう返すが、俺自身まったくゆっくり出来そうもなかった。


 

 異世界とは、どんな場所だろう。剣と魔法の世界? それとも、悪魔が跳梁跋扈し、魔将が支配する世界?


 などと愚直に異世界を想像している自分に気づいて、一人で恥ずかしくなる。そんな場所あるわけない。しかし、ファンタジー作品によって培われた想像力が、現実離れしたイメージを勝手に膨らませる。頭を冷やすために、何度も荷物を確認した。


 午前10時32分。ライラも準備ができたようで、俺に目配せをした。俺もうなずき返す。

「俺たち、ヒロの散歩に行ってくるから」

 そうミケたちに告げると、ミケとアオが騒ぎだした。

「あら、カイちゃんデート?」

「二人ともラブラブじゃない!」

「そんなんじゃねーよ」

 アオとミケが冷やかすが、まじめに取り合っている余裕などない。


「ヒロ、行くぞ」

「うん!」

「いってらっしゃーい」

 ミケたちに見送られながら、俺たちは家を出た。

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