4、3


「わたしは、マスクト・レサから来ました。わたしの種族は生まれながら世界と世界の間を渡ることができるので、故郷という意味を込めてこう呼んでいます。もちろん、めったなことでは渡りはしませんが。古くからの言い伝えとは、わたしたち種族の危機に関するものなんです」

 そこまで話してから、ライラは一呼吸おいて、こう唱えた。


「“我が子らの姿消え、血絶えなむ時、水の星より言の葉をりし人来りて同胞はらからを助けむ”」


 ライラはよどみなくそらんじた。急に古臭い言葉を聞かされた俺は目が点になり、意味をくみ取るのに時間がかかった。ようは、子供たちがいなくなって絶滅しそうなときに“言葉を使う人間”が来て種族を助ける、という意味だろうか。


 そこまで考えて、ぎょっとした。つまりライラは、俺がその“言葉を使う人間”だと言いたいらしい。

「ちょ、ちょっと待って。なんで俺がその“言の葉を繰りし人”なわけ? ってか人間ならみんな言葉使うじゃん!」

 慌てて否定するが、ライラは首を振った。

「マスクト・レサにも人はいますが、他種族と言葉を交わせる人―――ナビーは、ごく一握りしかいません。というか、そもそも名乗り出るものがいないのです。それに、言い伝えにある水の星とはネジャ・アルマのことなんです」


 俺は開いた口が塞がらない。なんとも突飛なファンタジーである。俺は、本当はライラはただの人間で、奇妙な夢物語に取りつかれてるんじゃないかとも思った。でも、そうだとすればユキやヒロたちとライラの間で言葉が通じるわけがない。


 いや、そもそも、ヒロたちも言葉など発していないのでは―――。

 俺の心に、ある不安が頭をもたげる。


 そもそも俺に動物と話す能力なんてなく、なにもかも妄想ではないのかという恐怖が、俺を苛み始めた。。


 幼いころは、臨死体験による超能力の開花と何の疑いもなく信じ込んでいた能力だが、それを客観的に証明するものはどこにもない。

 しかし、動物の言葉が聞き取れるということの他には何の異常もないので、自分の頭が狂っているとは思えないし思いたくない。

 だからと言って、ライラの語った内容は、すんなり信じられそうにもない。


 疑心暗鬼に陥っている間、俺の表情は相当険しくなっていたらしい。ライラに「大丈夫ですか?」と心配そうな声をかけられた。結局、すでにおかしくなっているのかもしれない俺の頭では、結論は出そうにない。


「まあ、よくわからないけど分かった。ライラが言いたいのは、俺がその伝承の人物じゃないかってことだよな」

「そうです! 納得していただけましたか?」

 ライラが嬉しそうに聞いてくる。が、納得どころか俺は自分自身の正気を疑っている。

「うーん。やっぱりちょっと信じられないというか、何もかも初めて聞く話で、なんと言ったらいいか…」

 そう言葉を濁すと、ライラはみるみる肩を落とした。

「そうですか…」

 ライラはすっかりしょげている。


 かける言葉に迷っていると、不意にユキが声を上げた。

「で、カイはどうするんだ?」

「どうするって、何を?」

「だから、その嬢ちゃんを助けるのかどうかってことだよ」


 俺はユキの質問に面食らった。

「お前…今の話聞いてたか?」

「聞いてたよ。オレだってちょっと信じらんないぜ。でもライラがそう言ってるってことは、本当なんだろ」

 どんだけ素直なんだこいつは。俺はライラに遠慮しながら言った。

「助けるかどうかって言われても…。そもそもその別の世界ってのが分かんないし…」

「そうですよね。カイさんは今まで知らなかったんですから、急に言われても困りますよね…」

 うなだれるライラを見るのか非常に心苦しいが、俺にはどうしようもない。すると、「じゃあ」とユキが提案した。


「行ってみればいいんじゃねえの?」

「行くって、どこへ?」

「決まってるだろ。嬢ちゃんのいた世界ってやつだよ」


 俺は絶句した。こいつ、何を言ってるんだ。おそるおそるライラに尋ねた。

「そんなことできんのか?」

「できます! わたしたちの種族は、他者を伴って渡ることもできます」

 ライラにはユキの提案が魅力的だったようで、俺に期待を込めた視線を向けている。そんな目をされたら、断りにくくてしかたない。


 俺はライラの語った内容を何度も反芻し、そして考えても無駄なことを悟った。

「…わかったよ。助けられるかどうかはわからないけど、そのマスクト・レサってとこに連れて行ってくれ」

「ありがとうございます!」

 ライラは俺の手を取って、感無量という様子で何度もうなずいた。



 これでなにもかもはっきりする。ライラの話がおかしいのか、俺の頭がいかれてるのか。後者だとすれば、頭の病院にかかることを真剣に検討しなければならない。


 しかし、もし、万が一、そのどちらでもないとすれば――――。


 俺はこの非常識な仮定に、ちょっとだけ、好奇心がうずくのを感じていた。

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