3、4

 ライラへの警戒は解けた。でもいつか正体は確かめよう。

 そう思っていると、やがて母さんが帰ってきた。


「あらカイ、今日は早いのね」

「部活早引きしてきた。で、この子は?」

 形式的な質問だったが、母さんは呆気からんと答える。

「そうそう、刑事さんたちもいろいろ調べてくれたらしいんだけど、やっぱりこの子、身内が見つからなくてね。体調が戻ったのにいつまでも入院してもいられないから、うちで預かることにしたの」


 すでに承知していたことを一応訊いただけなのだが、母さんはまったく悪びれる様子がなかった。赤の他人と同居するということを、息子に断りもなく決めるというのはいかがなものだろうか。同じように猫を拾ってきたことはあるが、今回は猫とはわけが違う。俺はよっぽど抗議しようかと思ったが、徒労なのは分かり切っていたので諦めた。


 俺の葛藤などまるで意に介さず、母さんは上機嫌で買ってきた食材を整理している。

「お客さんが来たんだから、今日は豪勢にしなくちゃね」

 そいう言いながら、鼻歌交じりで夕飯の準備を始めた。



 宣言通り、夕食は豪勢だった。唐揚げ、ナポリタン、ロールキャベツ、シーザーサラダ、豚の角煮などなど、和洋乱れてのフルコースだ。動物たちにもいつもよりは高いフードが出されている。

 俺はライラを伺った。果たして、ライラはこうした人間用の料理が食べられるのだろうか。


 ライラは、おそらく初めて見るであろう料理の数々をじっと見ていた。初めは食器をどう使うかわからなかったようなので、さりげなく俺が使い方を見せる。すると、ぎこちなく握ったフォークを唐揚げに突き刺した。ゆっくりと口に運ぶ。

 まずは一口、一瞬目を見開くと、もう一口、二口と勢いよくかっ込み始めた。

「あいかわらずいい食べっぷりねえ」

 母さんは嬉しそうだ。ライラも初めて食べるものばかりだろうが、口に合ったらしい。口に入れるたび未知の風味に驚きつつ、一心不乱に食べている。俺も食事をしながらその様子を見ていた。

「ていうか、作りすぎじゃない?」

 現在、父さんが出張中のため、基本的に家で食事をする人間は俺と母さんの2人だけである。3人に増えたところで、これほどの種類と量を食べきれるだろうか。

 と、思っていたのだが、みるみる皿が空いていく。

「私も作りすぎかなと思ったんだけど、これだけたくさん食べてくれる人がいれば作り甲斐があるわあ」

 俺と母さんの食べる量はいつも通りだった。ライラの消費量が尋常ではないのだ。この小柄な体のどこに収まっているのか不思議なほど、次から次へ料理を平らげていく。その様子を見ていたミケたちが、「ライラちゃんすごいわねえ」と感心している。


 テーブルの上の皿がまっさらになった時、ようやくライラの手が止まった。

「もしかして足りなかった?」

 母さんが心配そうに聞くと、ライラはびっくりした表情で首を振った。「とんでもない」という意味だろう。母さんも「よかった」と言って笑った。そして手を合わせる。

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさま」

 母さんと俺が言うと、ライラも真似して手を合わせた。

「ゴチ、ソサマ」

「そうそう」

 母さんが満足げに頷くと、ライラも嬉しそうにはにかんだ。


「じゃあ母さん片付けるから、カイは客間に布団敷いてちょうだい。えーとその子の」

 そう言いかけて母さんが手を止めた。

「そういえば、何て呼べばいいのかしら」

 俺とライラは顔を見合わせた。


 俺や動物たちの間では、すっかり「ライラ」として定着しているが、母さんにはそのゆえんを説明できない。

 しばらく考えていると、先に母さんが言った。

「そういえば、あんた前に『ライラ』って言ってわよね」

「え、あ、それは」

「それにしましょ」

 俺は言葉を濁したが、母さんは頓着せずに即決した。

「あらためて、よろしくね、ライラちゃん」

 母さんがお辞儀をすると、ライラ激しく頭を下げた。

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