3、3

 ライラがとても礼儀正しかったので、俺の中の不信感はみるみる薄れていった。

 しかし、うちに泊まるとなった以上、早急に解決しなければならない疑問がある。すなわち、ライラは人間か否かという疑問だ。俺は、ダイニングテーブルの椅子に座って尋ねた。


「…ところで、ライラってどこの国の人?」

 なんと切り出していいかわからず、ものすごく遠回しな質問になる。しかし、ライラははっきりと困った顔をした。

「えと、国、というか、私の住んでたのは村みたいなところで」

「村っていっても、どこかの国にある村だろ? エジプトとか、サウジアラビアとか」

「え、えーと、その」

 ライラは目を泳がせている。


 そもそも彼女は日本語をしゃべれない。ということは、今彼女が話している言語は日本語ではないということだ。そして日本語以外に俺が聞き取れるのは、人間ではないものの言葉だけなのである。


 俺がなんとか彼女の正体を聞き出そうとしていると、アオが割って入ってきた。

「カイ、そんなのどうでもいいでしょ。ライラは今までホームレスだったんだから」

「そうよ。あまり問い詰めるのはかわいそうよ」

 俺はアオとミケののんきな言葉にムッとして、ついに疑問そのものを口に出した。

「何言ってんだよ、ライラは人間じゃないかもしれないんだぞ」


 ライラは気まずそうに顔を伏せた。その表情に、少し良心がとがめる。

 と、ヒロたちが急に静かになった。俺が指摘した可能性に驚いたのだろう。互いに顔を見合わせている。そして、ミドリがおもむろに口を開いた。


「もしかして、カイはライラさんが人間だと思ってるの?」

「…は?」


 斜め上の返答に、俺は狐につままれたような気持になった。ヒロとミケとアオの顔を順番に見回すが、みな一様にミドリと同じ考えのようだ。

「いや、どっからどう見ても人間じゃん」

 意味が分からず、俺はさっきまでと真逆の主張をしてしまう。と、ミケが声を上げた。

「ああ、カイちゃんにはそう見えるわよね」

「お前たちだって見えてるもんは一緒だろ」

「それは一緒だけど、においが全然違うもの」


 俺は虚をつかれて黙った。そして、試しに周囲の空気を嗅いでみる。案の定なんの違いも嗅ぎ取れない。

「…マジで?」

「マジで」

 ミケが答える。それ以上俺は何も言い返せなかった。


 俺はライラをまじまじと見つめた。ライラはどっからどう見ても人間だ。俺自身、ライラが人間ではないと疑っていたが、そうだと言われても確信が持てなかった。

「ていうか、人間じゃないのが分かっててどうしてお前らは平気なの?」

「アタシたちだって人間じゃないもの」

 そりゃそうだ。でも人間にとって、人間の姿をした非人間など、脅威しか感じない。


 ライラを見つめる俺の目元に、冷汗が流れる。ライラも緊張した面持ちで俺を見つめ返した。

 すると手のひらに、湿ったヒロの鼻先が押し付けられた。


「兄ちゃん、大丈夫だよ。ライラちゃんは優しいから」


 俺は内心で、あ、と呟いた。

 ヒロは、俺の警戒心に怯えているんだ。


 俺はゆっくりとヒロの頭を撫でた。

「ごめん。俺もちょっとびっくりしたから」

 そしてライラの方に向き直った。

「ごめん。問い詰めるようなことして悪かった」

 ライラは慌てて首を振った。

「いえ、全然…。怪しまれて当然だと思いますし、その、あなたに」

「カイ」

「えっ?」

「俺は桐島カイ。あの素っ頓狂な母ちゃんの息子」

 ライラは驚いたようだったが、俺がちょっとおどけてみせると安心したのか表情が和らいだ。


「私は、ライラです」

「ああ、よろしくな。ライラ」

「よろしく、お願いします」

「わん!」


 ヒロが嬉しそうに尻尾を振った。

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