3、1

 放課後、部室にはメンバーが集まり、マンガを読んだり映画を見たりして各々楽しんでいた。

 俺は電子辞書を机に置き、小説『Lord Loss』を開いていた。が、謎の少女ライラのことが引っかかって、まったく読み進んでいなかった。


 俺は「英語研究部」通称「英研」に所属している。といっても英会話やスピーチングを磨こうという本格派ではなく、英語作品を楽しもうぜという気楽な趣旨で創設された部だ。出欠席自由という緩さと、言葉への興味から入部を決めた。


 俺は英語が特別得意というわけではない。辞書を引かなければ意味が分からないし、カタカナ英語しかしゃべれない。つまり、動物と話せるからと言って、外国語が自由に使えるというわけではないのだ。


 そこで不可解なのは、「ライラ」の言語である。

 警察が言うには、彼女は日本語を話さなかったし、名乗った言葉も母さんには聞き取れなかった。

 が、俺の耳にははっきりと「ライラ」という名前が聞こえた。それだけじゃなく、2度、いや3度も彼女の言葉を聞いている。間違いなく彼女自身の声だった。


 これらの事実は、すなわち、彼女が人間以外の生き物である可能性を示しているんじゃないだろうか。


 そんなバカな。俺より年下だろうが、どっからどう見ても14、5歳の少女だった。モンゴロイドではないだろうが、担いだ時の感じも人間そのものだった。

 その一方で、超音波を発するという事実が、非・人間説を後押しする。


 仮に人間以外の生き物だとしたら、なんだろう。宇宙人? そもそもこの疑問は、動物と話せるという意味不明な能力を根拠にした意味不明な仮説であり、もはや何からなにまで意味不明だ。



「ねえ、ずっとぼーっとしてどうしたの?」

 長谷部に尋ねられ、我に返る。長谷部は手にJ・P・ホーガンの『Inherit the stars』を持っていた。


 俺はしばらく言葉を選んで聞いた。

「人間にそっくりで、人間以外の生き物っていると思う?」

「宇宙人ってこと?」

 長谷部は首をかしげる。

「うーん。宇宙人よりもっと人間っぽい感じの」

「かぐや姫だって、人間っぽい宇宙人じゃない。あとは、恩返しに来たツルとか」


 雰囲気的にはそっちの方があってるかも。しかし恩返しされるとしたらこれからだと思うのだが。

「ってか、どっちもフィクションじゃん」

 思わずそう言うと、長谷部は片眉を上げる。

「フィクション以外でそんな生物が存在するなら是非お目にかかりたいね」

 俺は焦って口を閉じた。ノンフィクションだなどとうっかり口を滑らせれば、このSFオタクに何を言われるかわからない。


 でも、人間に変化へんげした動物というのは近いかもしれない。いや、それも十分非科学的なのだが、動物と話せる能力からして非科学的なのだから仕方がない。


 しばらく考え込んだが、俺は頭を振って疑念を振り払った。

 もう彼女のことを考えるのはやめよう。たしかに不可解だ。不可解なことには理由をつけて納得したいのが人情だ。しかし納得しようがしまいが、彼女は赤の他人。関わらなければならない道理はないし、そもそもここまで関わったことが異常だったのだ。

 

 俺はそう結論付けると、集中できないので部活を早退することにした。


「まあ、あんま悩みすぎないでね」


 俺の様子を心配してくれたらしい長谷部は、そうアドバイスして俺を見送った。

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