1、4
俺とヒロは、一心不乱に林を歩いた。かなり長い間林にいたため、いいかげん目も慣れてきた。とはいっても、こうも暗いと足元がおぼつかない。ヒロの先導を頼りに必死に進んだ。
ヒロは道を探すとともに、俺の周囲を絶えず警戒し、危険が及んでないか調べていた。もし、野生動物に襲われようものなら今度こそ一巻の終わりだ。
少女を担いでいたのでは、逃げることすらままならない。
少女にはわずかだが息があった。もちろん、こんな非常事態には、消防や警察を電話で呼ぶのが正解だろう。しかしこの非常時に、あろうことか俺のスマホは充電切れで沈黙していた。ずっとライトを点けていたため消耗したらしい。全く役に立たない奴だ。
少女の身体は、思っていたよりずっと軽かった。しかし、もう少女自身には体を支える力がないらしく、俺の肩にに全体重がのしかかる。軽いといっても、人ひとり背負っているんだ、5分もすれば息が上がる。
先の見えない道を、思うように動かない身体で進むというのはものすごくしんどかった。一人だったらどれだけ心細かったか。使命をまっとうしようと前進するヒロに励まされ、なんとか足を動かした。
永遠にも感じられる時間がたち、ようやく遠目に街灯の明かりが見えた。それをめがけて歩いていくと、ついに、最初に通った林の入り口にたどり着いた。
おお、文明の光だ! 田舎道に、20mおきに立てられた街灯など何の役にも立たないと思っていたが、その灯りが今は神の恵みのように降り注いだ。
俺は少女をゆっくりと横たえ、座り込んだ。肺と心臓が暴れている。文化部の俺にこの運動量はこたえる。しかし少女には猶予がなさそうだ、俺は休息を要求する足腰を奮い立たせて、近くの家に向かうことにした。
「ヒロ、お前はここでこの子を見張っててくれ、すぐに助けを呼んでくる」
「わん!」
力強く答えるヒロに少女を任せ、俺は民家へ走った。
その後、俺の住む田舎町はちょっとした騒ぎになった。まず俺はその場所から一番近かった田中さんの家を訪ね、事情を説明して通報してもらった。また、田中さんは若干錯乱状態である俺をなだめ、気を利かせて俺の家にも連絡を入れてくれた。
俺と田中さんが戻ると、ヒロが忠実に指示を守っていた。相変わらず少女の状態は悪かったが、大人が来てくれたことで俺自身はかなり安心した。
しばらくすると、まず母さんが来た。母さんは俺にあれこれ聞く前に、少女の脈拍や呼吸を確認した。何度か呼びかけ、意識があるのを確認すると、持ってきた水筒から少女の口に水を含ませた。
やがて、救急車とパトカーがほぼ同時に到着した。救急隊員は迅速に少女の容体を確認し、救急車に運び込んだ。
「桐島さん、この子、知り合いですか?」
「いいえ、たぶんこの町の子じゃないわ。私が一緒に行きます」
その申し出を隊員が了承すると、母さんは俺を振り返った。
「カイ、母さん病院行くから、あんたは今日あったことをきちんとおまわりさんに説明するのよ」
そう言い残し、少女と母さんを乗せた救急車がゆっくりと走り出す。やがてサイレンを残して去っていった。
その後俺は、警察に事情を聞かれた。犬に頼まれて山へ入った、などとはもちろん言えないが、それ以外は起こったことをありのまま話した。
警察は半信半疑だったが、俺だって信じられない。社から人が出てくるのも驚きだが、母さんも田中さんも見たことのない少女だと言っていた。もちろん俺も。少なくともこの町会にすむ子ではないだろう。なぜそんな人間が、町民も知らないような神社に現れたのだろうか。
整理のつかない頭で今日の出来事を思い返しながら家に帰る途中、ヒロが話しかけてきた。
「あの子、元気になるといいね!」
俺は一瞬ぽかんとヒロを見つめたが、思わず口元が緩んだ。
「よくやったな、ヒロ。あの子も、お前のおかげで助かったよ」
「ね! 言ったでしょ! ボクの耳はなんでも聞こえちゃうんだから」
不意に、疑問が浮かんだ。
「ていうか、お前が聞いた音って結局何だったんだ?」
そもそも、ヒロが正体不明の超音波を聞きつけたから、俺たちは山に入ったんだ。まさか、あの少女が犬笛で助けを求めたのだろうか。
首をかしげる俺に、ヒロが答えた
「何って、兄ちゃんも聞いたでしょ。あの子の声だよ」
唖然とする俺の様子には気づかず、ヒロは得意げに鼻を上げ尻尾を振っていた。
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