第8話 ここで持ちかけてくる取引は、どう考えても、胡散臭い。
「さっきから、こっそり見てたけど、何て言うのかなー。じれったいよね。千恵香ちゃんは、池山さんが預かってる。その事実だけわかったから、もう、いいんじゃないかな」
小松田は口にすると、俺が隠れてる電柱の方へ目を移す。
「もう、隠れなくてもいいと思うよ、直也くん」
「直也くんって、高井くん?」
便箋を手にしたままの片瀬が、驚きを含んだような顔を向けてくる。どうやら、俺らが後をつけていたことはばれていなかったらしい。
俺は電柱の陰にいる必要もないなと思い、身を乗り出した。
「悪い、片瀬。気になって、後をつけてさ……」
俺は頭の後ろに手をやり、申し訳ない気持ちが浮かび、目を合わせづらかった。
片瀬はおもむろに俺の方へ歩み寄ると、「ううん」と首を横に振る。
「仕方ないよ。それに、今は、そういうことを気にしてる場合じゃないと思う」
片瀬は池山の方へ、真剣そうな表情を移す。
「真美。預かってる子を返して」
「それはできない」
「何で?」
「はいはい、そういう話はここまで。ここからは、取引みたいな話でもしようかなと思うんだけど」
「おい、小松田。どういう意味だ」
唐突に割り込んできた小松田に、俺は不信感を募らせた。
「まさかだけどさ、小松田。このこと、知ってたのか?」
「何のことかなってとぼけるのもアリだけど、そんなことしたら、話がややこしくなっちゃううから、正直に言うしかないよね。うん、知ってたよ。というより、池山さんが、千恵香ちゃんを誘拐する現場も見てたよ」
平然と語る小松田に、俺は怒りをぶつけたくなった。自然と握りこぶしを作り、殴りたくなる衝動を何とか抑えてる状態だった。
「わたしは、あの子に危害を加えるつもりはない」
「だったら、何で、誘拐なんて」
「おい、小松田。どういうこと何だよ?」
「まあまあ。みんな、それぞれ言いたいことはわかるけど、落ち着いて落ち着いて。そう焦らなくても、千恵香ちゃんは無事だよ」
「小松田……」
小松田の態度は、俺を苛立たせるのに十分だった。片瀬は便箋を手にしたまま、池山に対して、「どういうこと?」と問いかけ続けている。池山は黙り込んでしまい、俺や片瀬から目を逸らしてしまった。
「直也くん。ここは取引でもしよっか」
「何が取引だよ」
「今、ここで、直也くんと片瀬さんがくっついてくれたら、千恵香ちゃんを無事に返すことを約束するよ」
「小松田くん、何言ってるの? わたしはもう、高井くんにフラれたんだよ?」
「そこは、直也くんが考え直せば、いいんじゃないのかな?」
「意味がわからねえ。小松田、何言ってんだ?」
「僕はあくまで、取引を持ちかけてるだけだよ」
口にする小松田の目は冷たかった。何だろう、何をしでかすかわからない怖さがある。
「もし、俺が片瀬と付き合うことを拒んだら、どうするんだ?」
「そんなの決まってるよね?」
「まさか、そんなこと、ないよね? 真美」
片瀬が最悪な想像が違うと祈ってか、池山の方へ目をやる。
対して、池山は黙ったままだ。
「お前、自分で何言ってんのか、わかってんのか?」
「わかってるつもりだよ。失礼だなー。そう言う直也くんも、自分のすることによっては、千恵香ちゃんの命がどうなるか、わかってるんだよね?」
「……わかってるよ」
俺は握りこぶしを震わせつつ、小松田を睨みつける。
小松田はメガネを手でかけ直しつつ、「どうする?」と尋ねてくる。
「高井くん……」
「あいつは、俺がここで付き合うと言っても、千恵香を殺す気だ」
俺の言葉に、片瀬は表情が強張った。
「そ、そんなこと、わからないよ。うまくごまかせば……」
「あいつは今の状況を楽しんでやがる。仮に、俺が本気で片瀬と付き合うっていうことになっても、あいつは千恵香を助けようとしない」
「そんなことって……」
「ここは、小松田を押さえるしかない」
俺は言うなり、片瀬に耳打ちした。聞いた彼女は、何回もうなずいてくれた。もはや、千恵香を助けるには、この方法しかない。
「おい、小松田」
「この場で、僕に対する呼び方が随分と冷たくなったね」
「当たり前だろ」
「まあ、それがわからない僕じゃないけど」
「千恵香は、その家の中にいるんだろ?」
俺は小松田や池山がいる後ろにある一軒家を指差した。
間を置いてから、小松田が俺に対して、手を軽く叩いた。
「ブラボー。といっても、こんなのわかりやすいことだよね。ここが、池山さんの家というのは知ってた?」
「そうなのか?」
「うん」
傍らにいた片瀬が首を縦に振る。
池山は相変わらず、だんまりとしていた。
「あれあれ? そんなことを知らずに、この家の中に、千恵香ちゃんがいると思ったのかな?」
「うるさい。とりあえず、千恵香は返してもらうからな」
「急に何を言ってるのかなー。僕は返すなんて一言も」
「行け、片瀬」
「うん!」
力強い返事とともに、片瀬が、池山の家へ走っていく。
すかさず、小松田が邪魔をしようと立ち塞がろうとする。
が。
「邪魔だ!」
俺が小松田の前に入り込み、パンチを一発お見舞いする。
小松田は急な攻撃を避けきれず、舗道の地面に倒れ込む。
「ず、ずるいなー。取引は成立すらしてないのに……」
「そもそも、そんな取引、応じる気はないからな」
俺は握りこぶしを片方の手で掴みつつ、小松田に鋭い眼差しを向ける。
と、近くにいた池山がいなくなっていた。
予想していたとはいえ、動きが早かった。
「高井くん!」
気づけば、片瀬が池山に後ろから体をがんじがらめにされて、身動きが封じられていた。
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