第4話 うまくいってしまうと、それはそれで苦しいことがある。
恐る恐る見れば、口元に片手を当てて、驚いたかのように目を見開いている。今にも後ずさりしそうな格好で、俺は、片瀬が階段の途中にいたので、倒れないだろうかと不安になった。彼女の反応はどういう意味なのか、俺には知る由もなかった。
「う、嬉しい……」
片瀬はぽつりと口にするなり、瞳から涙を流し始めた。
どうやら、俺の告白は上手くいったらしい。
俺はおもむろに片瀬のところへ歩み寄り、ハンカチを手渡した。
「これ、そのさ、まだ一回も使ってないからさ」
「ありがとう」
片瀬は俺からハンカチを受け取るなり、涙を拭い始めた。
「高井くんの方から言ってくれるなんて、わたし、夢にも思わなかった」
「そうなのか?」
「うん。だから、本当に嬉しい。このままずっと片想いで終わると思ってたから」
片瀬の声に、俺はただ、耳を傾けることしかできなかった。まさか、俺のことが元々好きだったのか。だとしたら、泣き出すほど嬉しいというのもよくわかる。俺は今のところ、好きな子とかはいない。だが、いたとして、本人から告白されたら、今の片瀬と同じことを発するかもしれない。
片瀬は泣き終えると、俺のハンカチをスカートのポケットにしまった。
「このハンカチ、洗濯して返します」
「お、おう」
俺のぎこちない返事に、片瀬は笑みを浮かべる。
「でも、どうして、今になって、高井くんはわたしに告白してくれたのかな」
「いや、それはさ……」
まさか、今朝あった便箋に従ったと伝えるわけにはいかない。片瀬の恋心を踏みにじる上に、千恵香の命を危険に晒すことだってあるかもしれない。
加えて、もしかしたら、犯人が片瀬だということもあり得る。
俺はこぶしを強く握り、表情を引き締めた。
「片瀬はさ」
「高井くん?」
「佐々木千恵香を知ってるか?」
「佐々木、千恵香?」
「ああ」
俺がうなずくと、片瀬は目をぱちくりさせて、不思議そうな表情をした。だが、しばらくすると、「ああ」と何かを思い出したかのように、手のひらをこぶしで叩いた。
「その、何日か前から行方不明になってる子だよね?」
「さすがに知ってるか」
「知ってるよ。校内でもみんな知ってるよ」
「その子、俺の近所なんだよな」
「そうなんだ」
口にする片瀬は、俺が何を話したいのか、測りかねているようだった。
俺は意を決して、ズボンのポケットから、下駄箱にあった便箋を取り出した。
「手紙?」
「俺の下駄箱の中に入ってた」
「もしかして、その、ラブレター?」
「違う」
俺はかぶりを振ると、おもむろに片瀬へ手渡した。
彼女は手に取るなり、内容を見る。
「これって……」
「悪い……」
俺はとっさに頭を下げていた。
「こうしないと、千恵香が助からないんじゃないかと思って……」
俺は片瀬に目を合わせられなかった。罵声を浴びせられてもいいと思った。それぐらい、俺は片瀬に対して、ひどいことをしたと感じているからだ。
俺の告白は、片瀬への好意によるものではない。あくまで、千恵香を助けたいがためにやっただけだ。
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