とある酒場。

「おや、どうした?」

 ひょっこり現れたジェフに、トーマスは面食らってそう言った。

「だって、人手が少ないって言ってたでしょう」

「そりゃ稼ぎ時だからね」

 こんな小さな飲み屋でも、土曜の夜は忙しくなる。寡黙ながらテキパキと働くこの若者がいてくれるのはありがたかった。

「でも、今日はデートだろ?」

「知りませんよ、あんな女」

 険しい横顔のジェフ。

 トーマスはピンと来た。 

(フラれたな)

 開店までには、まだ少し時間がある。話だけでも聞いてやろう。


「君の車で、ドライブに行くはずだったんじゃ?」

「そうですよ。でも、あの女、アルフレッドの家でやるパーティーに行きたいって言いはじめて」

「ほう」

 アルフレッドは、この辺りで一番の大農場の息子だった。金持ちで女好きなパーティー野郎だ。

「あいつ、ハイスクールでいつも僕をイジ……嫌なことをしてきて」

「うん」

「『そばかすチビ』なんてあだ名をつけたり、カバンをゴミ箱に捨てたり、僕を車で追いかけて大笑いしたり。あいつのジョークはセンスがないんだ」

「確かに悪趣味だ」

「それなのに……あの女……」

 彼の瞳には悔しさがあふれていた。


 ずっと好きだと語っていた彼女との初デート。

 どれだけ気合いを入れていたのかは、窓から見える彼の車がピカピカに磨かれていることからも分かる。

「残念だったな。そういうこともあるさ。しかし、パーティーなんかに行きたいもんかね? 素人バンドや安物シャンパンで盛り上がるなんて」

「ドラッグがあるんだってさ」

「なんだって?」

 トーマスは驚いた。

「アルフレッドが自慢してた。新しいドラッグを大量に手に入れた、って」

「ちょっと待て」

 背筋を走る悪寒。

「あいつは確か、スミス・ファミリーの連中と付き合いがあったよな。やつらのドラッグを盗んだんじゃなかろうな?」

「知らないよ、そんなの」

「やつらは本気でヤバイんだぞ。スミス・ファミリーは殺し屋を雇ってる」

「殺し屋?」

「ああ。土地の権利でもめた弁護士。賄賂を断った警察署長。歯向かったバイクチームは7人全員。みんな、その殺し屋にやられたんだ。男と女の2人組で、韓国人だか中国人だか……」

 そのとき。

 ばん!

 ドアが開いた。

「失礼」

 入ってきたのは、スーツ姿の男と女の2人組。

 黒髪黒目で、あきらかにアジア人風だった。


「私たちは、日本人の旅行者でスズキと申します。人を探しているのですが」

 男の方が、懐から1枚の写真を取り出した。

 そこに写っていたのは――。

「アルフレッド!」

 ジェフは叫んでしまった。

「ほう。ご存じで?」

「いや……その……」

「家を教えていただけませんか? 古い友人なのです」

 流暢な英語。

 旅行者であるわけがない。

 ゴクリとつばを飲み込んで、ジェフは言った。

「……あっちです。東へ行けば……」

 ウソだ。トーマスは気づいた。

 アルフレッドの家は、街の西側だ。東へ行った場合、街を出て行くことになる。


「そうですか」

 感情のない表情で、男は写真を懐にしまった。

「あなたはこの店の店員ですか?」

「ええ、そうですが……」

「いい店だ。を済ませたら、ぜひ一杯飲みたい」

「……!」

「それで、のですが」

 男は懐に入れた手を、そのままにしていた。まるで、そこに隠した「何か」を握っているように。

「彼の家はどこでしたっけ?」

 ジェフは男から目をそらした。

 すると後ろにいる女が見えた。

 大きめのショルダーバッグを、肩にかけている。そうとう重い物が入っているようで、そのストラップは肩に食い込んでいた。

 女がバッグに手を入れる。

 カチリ、と響く金属音。

 バッグを傾けて、その先端をジェフの額に向けている!

「……西です」

 ジェフは絞り出すように言った。

「その道を西へ行って、橋を渡れば赤い屋根の家が……」

「わかりました」

 男は懐から手を出した。

「ありがとうございます」


 店を出て行く2人。

 そして車の音が響き、だんだんと遠ざかっていった。かわりに風がびゅびゅうと吹き荒れて、やがてそれも聞こえなくなった。

 そのあとで、ジェフは叫んだ。

「大変だ!」

 真っ青な顔。

「殺される! アルフレッドが!」

「いや。全員やられるな。パーティーやってるんだろ? ドラッグに手を出したヤツは、みんな同罪だろう」

「ケイティ! ケイティも? そんな!」

 ジェフは店を飛び出した。駐めてあった自分の車に乗る。

 慌ててトーマスは後を追った。

 まさか、助けにいくつもりなのか?

「どこに行くんだ!」

「逃げるんだ!」

 ジェフは、半狂乱になって叫んだ。

「どこか遠い街へ行く。もう戻ってこない。だって俺は関係ないよ、アルフレッドやケイティが死んだって! 俺は道を教えただけだ、俺が殺したわけじゃない。そうだろ? ぜったいに、俺のせいじゃない!」

 彼はエンジンをかけ、東へとハンドルを切った。

 それ以来、トーマスはジェフの姿を見ていない。もちろんあの2人組の姿も、アルフレッドやケイティも。

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