時代もの
本能寺
1582年、6月8日。
日本中で戦争が統治していた時代を統一し、日本の王となった男・織田信長が「本能寺の変」で殺された日である。
その日。
信長の息子・信忠は、不吉な胸騒ぎに眠れぬ夜を過ごしていた。
「何か、よからぬことが起きねばいいが……」
先ほどみた凶星。
天から真っ直ぐに流れ落ちる星。
信忠は現在、信長から家督を譲られ、織田家の当主だ。日本の中心地である京都に居をかまえ栄華を極める男にとって、これほどの凶兆はあるまい。
「信忠様!」
廊下を走る家臣の足音。
「何事だ!」
「本能寺にて、信長様が、信長様が……明智光秀に討たれました!」
「よしっ!」
ぐっと拳をにぎる信忠。
「え?」
「……。すぐに軍勢を用意しろ。父上の敵を討ちに参るぞ」
「はあ」
「早くせんか!」
「! ははっ!」
大慌てで出て行く家臣。鳴り響く、緊急出陣の法螺貝の音を聞きながら、信忠はほくそ笑んだ。
「やりましたな」
気がつくと、背後に人影。
「隠居した今でも、信長の権力は絶大。豊臣秀吉などついていく家臣も多かった。しかし、これで天下は信忠様の物」
「叔父上か」
「私も、明智光秀との交渉に一役買った甲斐がありました」
その男の名は、織田長益。
信長の弟で、信秀にとっては叔父にあたる。
だが、はっきり言って愚鈍な人物で、世事に疎く、知識に乏しく、才覚に欠ける。臆病すぎて戦場でもろくな働きができず、陰険な性格が災いして評判も悪い。とても軍団を任せることのできる器ではなかった。
なので信忠は仕方なく、自分のもとで交渉役などをやらせていた。
けれども実際は使い走りのようなものだ。
(阿呆め。まるで、ひとかどの役目を終えたような顔をしておるわ)
得意満面のにやけ面。
長益は言った。
「信長は邪魔だが、直接殺せば、家臣たちから反発がありますからな。そこで明智光秀をけしかけて、信長を殺させてから、その明智を裏切り者として討つ。そうすれば家臣たちも黙りましょう。まさに無欠の策! さすが信忠様!」
「ふん。それも、これから戦に勝っての話だ。行くぞ!」
「ひぇっ! 私も戦場に?」
「……。叔父上はここにいてくれ。隣でいちいち悲鳴を上げられては、うるさくてかなわんわ」
信忠は鎧を着用し、部屋を出て行った。
※ ※
「ふふふ」
ひとり残った長益は、出陣する軍勢を窓から見送っていた。
満面のにやけ面。まるで口が耳まで裂けてしまったかのように口の両端をつり上げて、ゆるめられる限りに頬をゆるめた。
「阿呆め」
信忠軍の兵士には、事前に酒を振る舞い泥酔させておいた。そして、明智光秀にもこの事を知らせてある。今ごろ準備万端待ち構えているはずだ。
「勝てるはずがないのだよ」
事実。
このあと、信忠は父と同じく、明智光秀に殺されることになる。歴史に名高い「本能寺の変」だ。
「ふはははは! 明智は俺を、信長のかわりに織田家の当主にしてくれると約束してくれたんだ! 死ね、信忠! いつも俺のことを馬鹿にしていた報いだ! お前は自分の姑息な策を逆手に取られ、殺されるんだ!」
しかし。
明智光秀も、たった13日後に豊臣秀吉に殺される。
「策士策に溺れるとはこの事よォ!」
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