神様がくれたチャンス

 ただの友達というわけではないが、恋人と言うほど親しいわけでもない。よくある話、友達以上恋人未満。

 中途半端と言えばそうなのだが、それでいいと思っていた。

 この状態がいつまでも続いてくれるなら。


「美月ちゃん、大変だよ! 尚人くん、引っ越しちゃうって!」

 通りの向こうの、青い壁の家。

 その前から横断歩道をダッシュして、香奈子が走ってくる。

 中学校の近くのコンビニ前で、居残り補習の彼女を待っていた美月は、ほおばっていたカスタードまんを思わず吹き出した。


「何よ、とつぜん。どういうこと?」

「あのね、」

 香奈子は息を整えながら、

「音楽室の鍵返しに職員室に行ったら、尚人くんが担任の先生と話してたのよ。『今日で引っ越します』って!」

「え!」

「転校してっちゃうわよ、尚人くん! どうするのよ美月」

「本当なの!?」

「ホントよ、本人が言ってたんだから!」


 美月は、ガーンと衝撃を受けた。108回叩かれたあとの除夜の鐘でも、ここまでではないだろう。

 尚人が引っ越し? 

 尚人が、どこか遠いところへ行っちゃう。

「告白するなら今日しかないよ、美月!」

 断定口調の香奈子の声に、美月は思わずうなずいていた。

 

 神崎尚人。

 隣に住んでいる幼なじみで、小さいころからいつもいっしょに遊んでいた。友達とも、家族とも違う関係。いつしかそれは恋に変わっていった。「いつ?」「どうして?」それは美月にも分からない。

 ただ、いつの間にか、いなくてはならない存在になっていたのだ。

(尚人と離ればなれになるなんて、嫌だ……)

 美月はその夜。

 尚人を近くの公園に呼び出した。

 

「借りてたゲームならさ、まだクリアしてないんだ。もうちょっと貸しといてくれないかな」

 やってきた尚人は空々しく言った。家の前には引っ越し屋のトラックが止まっていた。遠くへ行ってしまうことなど、もう分かっているのに。  

「引っ越しするんだってね」

美月は単刀直入に言った。

「ん? あ、ああ、お前には言ってなかったよな」

 彼の声は少しうわずった。

「どうしても、言っときたいことがあるの……」

 美月は深呼吸をした。いまにも心臓が飛び出てきそうだ。一目散に逃げ出してしまいたい。だけど、今、言わなければ自分の気持ちは尚人に一生伝わらないのだ。

 言うんだ。

 こんなことでもなければ、絶対に告白なんてできっこない。

 これは神様がくれたチャンスだと思え!


 心臓のどきどきを必死で押さえ、美月は、まっすぐ尚人の目を見つめた。

「私、尚人の事が好き」

 そこが限界だ。

 美月は尚人に背を向けてうずくまると、えんえん泣き出した。もう、恥ずかしくって死にそうだったのだ。

「どうしたんだよ。泣かないでくれよ」

 駆け寄ってきた尚人の言葉すら、もう耳に入ってこない。

「俺も美月のこと好きだよ、だから……」

「ホント!?」

 訂正。ガッツリ聞いてた。

 思わず尚人に抱きつく美月。

 そして、たったいま彼女の彼になった彼は、はじめて彼の彼女になった彼女を抱きしめたのだった。


 そして。

「じゃ、引っ越しの準備があるから」

 家の前につくと、尚人はそう言って、つないでいた手を放した。離れていく指を名残惜しみながら、美月は言った。

「うん。向こうに着いたら連絡頂戴ね」

「ああ。学校の近くにコンビニあるだろ?」

「? うん」

「そのコンビニの前の、青い壁の家。そこが新しい家だから」

 ……………………。

「は!?」

 美月は、顔から顎を外して驚いた。

「だから、そこに引っ越すんだよ、俺」

「なななななな何で!? 何で!? すぐそこじゃん!」

「そうだよ?」

「転校は?」

「するわけないだろ。今より学校近くなるのに」

「今日、職員室にいたって!」

「住所変わる報告するのに行っただけだけど……」

「なッんだそりゃあああ!!!!」

 夜空に向かって、美月は吠えた。

 全ては香奈子の勘違いだったのだ!


 「香奈子めぇ! あんにゃろう、明日会ったらギッタンギッタンにしてやるぅ!」

 自分の部屋に戻った美月は、枕をひたすら殴りまくった。

「あんなに恥ずかしかったのにぃ!」

 でも、ま、いいじゃないの。

 おかげで告白できたんだし。

 きっと、神様がくれたチャンスだったんだよ。

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