置き引き
都内。駅前の、小さな雑居ビル。
そこにある、某有名ファーストフード店。
1階が厨房とカウンターで、2階が客席だ。
3時を過ぎて、軽食目当ての客も減ってきたとあって、店内は落ち着いていた。厨房からは自動食洗機の音が響き、カウンターの若いバイト店員は暇でおしゃべりに精を出している。
「でさー、あのオトコがさ……あ、ありがとうございましたー」
「プッ。いまのお客さんのアフロ、似合わなすぎじゃない?」
そんなとき。
2階の客席へ続く階段から、スーツを着た紳士風の男が降りてきた。
「すみません」
「はい、なんでしょう。お客様」
「置き引きに遭ったようなんですが。トイレに行っている間に、荷物から財布が消えているんです」
「え!」
「こちらでは、監視カメラをつけていますか?」
「ええ、まあ……」
「それなら、その映像を見せていただけませんか? 財布には10万円入っていたんです。お願いします!」
「……! わかりました」
店員は、警察に通報した。
監視カメラを管理している警備会社にも連絡を入れ、警察官、店長、紳士、警備員で監視カメラの映像を確認した。
4つのカメラの映像が、4分割された画面で1つに記録されるタイプ。
画像は粗く、小さい。だが、盗みが行われた時間はかなり特定されていたので、調べるのは楽だった。
映像には、決定的な瞬間が映っていた。
「これ、この左端の席に座っているのが私です」
「本を読んでいますね」
「トイレに行ったのはこの後です」
「あ、立った」
「荷物が座席に起きっぱなしですね」
「不用心ですぞ、こういうのは。日本の治安は良い方ですが、それでも盗難事件は相当発生していますから」
「やはりお荷物は、お客様自身で管理していただかないと……」
『あ!!』
荷物に近づいたのは、近くに座っていたアフロヘアの男。
素早く荷物に近づくと、何気ない様子でカバンを開け、財布を取り出して、すぐに階段を降りていった。
「こいつが犯人!」
「この映像は、証拠品として警察に提出しますよ」
「店員にも、この男を見たら注意するように指導します」
「そうして下さい。ですが……」
申し訳なさそうな顔の警察官。
「これだけでは、犯人の逮捕は難しいですな」
警備員、警察官、店長の視線が、1つに集まる。
紳士はうつむいて、
大きく息をつき、
それから諦めたように宙を見上げた。
「わかっています。財布はあきらめますよ。僕が不注意だったんです」
そして。
交番で被害届を書いてから、紳士は帰路についた。
財布とは別にもっていた電子マネーで電車に乗り、2駅離れた自宅のマンションのドアを開ける。
中ではアフロヘアの男が待っていた。
「どうでした、アニキ?」
「上々だ」
紳士はすぐに、テーブルの上の、アフロヘアが書いていた店内の見取り図の前に陣取った。
「監視カメラは4つだが、2つはカウンターと金庫だ。客席のカメラは2つ、ココとココ。あとはダミーだな」
「じゃあ、カメラに写らない角度は……この辺、この辺、この辺ですか」
「変装は必要ない。映像はかなり粗いタイプだ」
「時間は?」
「トイレの掃除チェック表を確認しておいた。店員が客席にやって来ないのは、3時過ぎと7時過ぎだ。あと朝」
「さすがアニキ!」
「同じチェーンの他の店も、似たようなモンだろう。1つのパターンが分かれば、あとは応用で推理できる。さっそく明日から近くの店舗を回るぞ。都内にあの店は、100店舗近くあるからな」
「へい!」
「目立たないが仕立ての良いスーツを用意しておけ。泥棒のユニフォームだ。……いつまでそんなもの被ってるんだよ」
紳士はそう言うと、男のアフロのヅラをはぎとった。
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