雪だるま
「ごめん! どうしても仕事に行かなくちゃ!」
同棲中の彼氏が、ネクタイを締めはじめる。
「わかっているわよ。貴方は運送会社の主任ですものね。こんな大雪が降った日に、休んでいられるわけがないわ」
ユキナは物わかりの良いフリをして、笑顔をつくった。
これで今日のデート、1ヶ月前から予約していたホテルのディナー、密かに買った新しい服も全部全部、台無しだ。
昨日、夜中にちらほらと降り始めた雪。
それはだんだんと強くなり、やがて10年に一度の大雪となった。
積もることすら珍しいこの地方で、くるぶしまで埋まるほどの白い平原。天気予報では、そんなこと全然いってなかったのに。
そして夜明けと同時に彼氏の携帯電話が鳴り、休暇はあえなく取り消された。
(ああ、もう!)
お天道様を恨もうか。
気象庁を呪おうか。
ガリガリ! 焼きすぎたベーコンを噛みちぎりながら、苦いコーヒーを一気に飲み干すユキナ。
彼氏はとつぜんの出勤であっちにバタバタ、こっちにバタバタと家の中を駆け回っていた。「あれ、車の鍵どこかな?」。「財布財布……」。聞こえているが、すべて無視して、ベーコンで歯を食いしばる。
「じゃあ、行ってくるよ」
「ええ行ってらっしゃい気をつけて」
「……怒ってる?」
「え? なぜ? 怒る理由なんてないわ。大事なお仕事ですものね。どうでもいいホテルのしょっぼいディナーなんかよりも、ずっと大事でしょうとも」
「悪かったと思ってるよ。そうだ!」
彼は寝室のベランダに飛んでいくと、手の中に何かを抱えて帰ってきた。
「これ」
「雪だるま?」
それは、手のひらにのせられるほど小さなサイズの雪だるまだった。昨日の夜中につくったものだ。南国出身の彼氏は、雪を見ただけでテンションが上がってしまい、ベランダに飛び出して雪をかき集め、これをつくったのだ。
「これを、僕だと思って。寂しくないように」
「は? 別に寂しかないわよ」
つんとそっぽを向くユキナ。
彼氏はそれに構わずに、雪だるまをテーブルの上に置いた。
「こんな温かいところに置いといたら、溶けちゃうわ」
「いいから、いいから。じゃ、行ってくる!」
あわただしく、彼氏は出て行った。
残されて、1人。
「……ったく」
馬鹿みたい。
いつまでも子供っぽくて。
(分かってくれているのかな……?)
自分の不安な気持ちを。
来年で2人はともに30歳。結婚という未来が、現実感をともなって纏わりついてくる年齢なのだ。それなのに、それとなく話題を振ってみても、曖昧な返事をするばかり。
そんなとき、彼が提案してきたホテルでディナー。
しかも、2人がつきあい始めた記念日に。
くるか? プロポーズ! と新しい服に勝負下着に美容院、エステにネイルと頑張って準備したにもかかわらず、あっさり仕事に行ってしまった。
(ドキドキ返せこんちくしょー!)
部屋で1人。
うつむくユキナ。
(やっぱり彼は、私との将来を真剣に考えてはいないのかな? このまま何となく時間を過ごしていくつもりなのかな? )
目の前には、溶けかけの雪だるま。
(この雪だるまみたいに、私たちの関係もいずれ消えてしまうのかな?)
どんどん溶けていく雪だるま。
中に仕込まれた婚約指輪が出てくるまで、あと30秒。
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