催眠術先輩

 あなたは だんだん 眠くなる。

 だんだん だんだん 眠くなる……。


 ……どう?

 少しは眠く……ならない? ちょっと、真面目にやってるの? これは、我が超常現象研究部の、れっきとした部活動なんですからね!

 うたた寝してるような状態にならないと、催眠術の研究ができないの! 

 ホラ! 

 ちゃんとこの、ヒモに吊した五円玉を見て!

 ゆーらゆら、ゆーらゆら。

 あなたは、だんだん眠く……笑うな!


 まったく。

 あなた、先輩に対して失礼よ。

 しかも、私は部長なんですからね!

 え? どうせ部員は僕たち2人だけじゃないか? そんなことないわよ。他にも2年生が1人、1年生が2人。

 ま、みんな幽霊部員だけど……。


 なによ、しょうがないじゃない!

 5人いないと部活動として認められないんだから! 籍だけでも入れてもらわないと、この空き教室を放課後に貸してもらうことだってできなかったのよ! 

 ふんだ。

 いいのよ、あんな奴ら。あとで、古本屋で見つけた魔道書に載ってた「3日連続で朝食がカレーになる呪い」をかけてやるんだから。


 さて。

 じゃ、やるわよ。催眠術の続き。

 ちょっと手法を変えるわ。

 このままじゃ、いつまでたっても眠くならないから、眠くなりやすい環境をつくりましょう。


 じゃーん、アロマキャンドル!

 とってもリラックスできる香りで、すぐに眠くなっちゃうの。私もたまに使ってるやつよ。さ、これに火をつけて……火を……火……。

 つかぬ事を聞くけれど、あなた、煙草とかを吸う習慣はない? ないわよね。そうよね。

 ……キャンドルは止めときましょう。

 火とか危ないもんね。うんうん。


 じゃ、じゃーん、ヒーリングCD!

 とってもリラックスできる音楽で、すぐに眠くなっちゃうの。私もよく使ってるやつよ。さ、これをプレイヤーにかけて……プレイヤー……。

 つかぬ事を聞くけれど、あなた、CDラジカセを担いで街を歩く趣味はない? ないわよね。そうよね。

 ……CDは止めときましょう。

 いまどきCDとかダサいもんね。うんうん。


 ……じゃじゃ、じゃーん。ぬいぐるみ!

 これを抱っこして寝ると、すんごくリラックスできて、すぐに眠くなっちゃうの。私がいつも使ってるやつよ。これさえあれば……なに笑ってるのよ。

 まあ、このぬいぐるみ、ちょっとボロいけど。

 それは幼稚園のときに買ってもらったやつだからで……。

 そうじゃない?

 ぬいぐるみ抱いて寝てるなんて子供みたい……って馬鹿! ちち違うわよ! これは、その、あの、子供のころの話よ! 高校生にもなってそんなことしてるわけないじゃない! ホ、ホントなんだから。


 それなら、あなたはどうなのよ。

 眠くなっちゃうのは、どんなとき?

 ……マッサージ?

 ふむふむ。肩や背中をマッサージされてると、ついつい気持ちよくなって寝てしまう……。なるほど。

 またまた、そんなことを言って!

 このうら若き完熟乙女なお姉さん先輩と、お肌で触れあおうって作戦ねとかウソウソ冗談、待ってねえ帰らないでお願い!

 はぁ、はぁ。

 ちょっとフザけただけじゃないの、怒ることないじゃないの。

 わかった。真面目にやるわ。

 ちょっと、こっちの椅子に座りなさい。

 こうみえて私は、小学生のころ、パパの肩もみお駄賃でシルバニアファミリーの家を買った女よ。

 さあ、受けるがいい!

 先輩の、至福のマッサージ!


 ……どう?

 いい感じ?

 けっこう筋肉あるわね、あなたって。そっか、もともと野球部だもんね。いまはケガで休んでるだけで。中学のときの試合でも、ホームランとか打ってたし……。

 ん? た、たまたまよ!

 特に理由とかないけど偶然見に行ってたときに、ね!

 ……。

 ねえ。

 ケガが治ったら、野球部に戻っちゃうのかな?

 私は、その、変な意味じゃないけど、純粋に部員が減ったら困るという意味で、私はあなたと……。

 あれ?

 寝てる?

 ちょっと! おい! コラ! だめだ、起きない……。

 もう! 完全に寝ちゃったら、催眠術の研究ができないじゃないの!

 まったく……。

 ……。

 ホントに寝てるのよね?

 寝てるよね?


 ゆーらゆら、ゆーらゆら。


 あなたは だんだん 好きになる。

 私のことを 好きになる……。

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