雪の中

 降り続く雪。

 星も無い夜。

「くそ!」

 額から流れおちる汗をぬぐって、カツユキは車を蹴っ飛ばした。

 側溝にはまってしまったタイヤは、押しても引いても動かない。とても1人の力では無理だった。

 そんなとき。

「ハッ!」

 遠くに、明かりが見えた。

 あれは自動車のヘッドライトだ。

「まずい!」

 カツユキは車の陰に身を隠し、ヘッドライトが過ぎていくのを待った。約20メートルほど向こうの道を横切っていく1台の自動車。そして、だんだんと強くなってきた雪の向こうへ消えていった。

「ふぅ」

 息をついて、後部座席を見る。

 そこには、何か大きくて太く長いものが、レジャーシートでぐるぐる巻きにされた上でヒモで縛られ、寝かせられていた。

 それは女の死体であった。

「くそ、コイツのせいだ……」

 カツユキはうなだれた。

 女の名はミユキ。カツユキの恋人だ。

 2時間ほど前、繰り返していた浮気のことで口論になり、ついでに結婚資金をギャンブルで溶かしたこともバレて、大げんか。ついカッとなって、つい倉庫にカナヅチを取りに行って、つい13発殴ってしまったのである。

「全部コイツのせいだ」

 やってしまった場所は、ミユキの家。3ヶ月前にアパートを家賃滞納で追い出されてからは、カツユキの家でもある。ミユキの両親と弟もいっしょに住んでおり、死体なんて置いておけるわけが無い。 

 どこかに捨てなければ。

 カツユキは、まず血が流れないようにミユキを毛布で包み、それをレジャーシートでぐるぐる巻きにして、ヒモで縛って、なんとか車の後部座席に放り込んだ。そして近くの山へと発進させたのだ。

 凍った道、左右に積み上げられた雪。

 この地方では珍しくない光景だ。

 知り合いに見られないようにと気をつかいながら、ようやく人気が無いところまできたときに、ガタン。雪で隠れた側溝にタイヤがはまってしまった。

 持ち上げようとしたり、いろいろしてみたが、車は動かない。けっきょく、汗だくになっただけで、カツユキは運転席に戻った。

「ふぅー、寒い寒い」

 エンジンかけっぱなしで、暖房のきいた車内。

「どうすっか……」

 5分ほど、ハンドルにうなだれた。

 と、そこで。

 ガタガタ、ぷすん。

 とつぜんエンジンが止まった。

 とうぜん暖房も止まる。

「あっ!」

 メーター、エンプティ。ガソリン切れだ。

「うっ?」

 顔を上げれば、猛吹雪。

 まるで竜巻のように暴れ舞う雪、折れた小枝が飛んできてフロントガラスを叩く。もう鼻先すら見えない。外へ出ることすら危険だ。

「閉じ込められた……!」

 風は強く、

 雪は激しく。

 気温は一気に下がる。

 カツユキの体温も下がる。焦っていたので部屋着同然の格好だった。汗をかいていたのもマズかった。急速に身体が温度を失っていく。

 息が白い。

 震えが止まらない。

 指先が冷たくなって、やがて痛くなって、そして感覚が無くなった。

 歯の根が合わない。まぶたが重い。眠たくなってきた……。

(駄目だ……寝ちゃ駄目だ。ドラマとかでやってる、寝たら死ぬって)

 しっかりしろ、カツユキ。

 自分に檄を飛ばした。

 そんなとき。

『カツユキ』

 どこからか、声が聞こえた気がした。

『カツユキ』

 誰の声か分からない。でも、心地いい、安らぐような響きだ。温かくて、優しくて、自分を丸ごと包んでくれるような……。

「……!」

 誘われるように。

 カツユキは、声の方に歩き出していた。

 ゆらゆらと、ふらふらと、綿毛になって、木の葉になって。

 そうしてたどり着いた先に、カツユキが見たものは。

 ミユキの笑顔だった。


  ※   ※


「それで、どうなったんだ?」

「一命を取りとめたよ、凍死寸前だったけどな」

「やれやれ。通りがかった自動車がたまたまレスキュー隊の関係者で、『事故車がいるかもしれない』と通報していなかったら、助からなかっただろう」

「男の方はすでに死んでたけどな」

「皮肉なもんだ」

「男はたぶん、女が死んだと思っていたんだろうな。だから、隠すために毛布とレジャーシートで包んだ。だが、それがあの冷えた車内で防寒の役目を果たすとは」

「おかげで殺そうとした女だけが生き残った」

「でも、妙だよな」

「何が」

「2人を見つけたとき、まだ車内の温度はそこまで下がってなかった。怪我をしてた女はともかく、男が凍死するほどじゃないと思ったんだがな」

「それは、一概には言えないだろ」

「まあ確かに」

「ふふふ。もしかすると、女が呪い殺したのかもしれんぞ」

「それは無いよ。殺されかけったていうのに、あの女は男の心配をしてる。意識が戻ってない今も、うわごとで名前を呼んでるんだ。『カツユキ』『カツユキ』って」

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