物件内覧
ベランダへ出ると、そこは澄み切った冬の空。
眼下には、緑いっぱいの公園と小さな家々。近くにはコンビにがあり、ちょっと歩けばスーパーもある。築淺で、なにより駅から徒歩5分。
一身に風を浴びながら、私は言った。
「うわぁ、いいですね。ここ」
返ってきたのはテンション高いはしゃいだ声。
「そうでしょう!」
はじける笑顔。
ほんとうに嬉しそうな表情だ。
「とってもいいでしょう! 眺めはいいし、商店街もすぐだし。近隣の駐車場も、入居者は格安で借りられますよ!」
※ ※
とある休日。
会社に勤めながら独身生活を謳歌していた私は、そろそろ引っ越しでもしたいなと思っていたところだった。
そんなとき、散歩の途中で見つけた一軒のマンション。
なかなか素敵な外見で、立地もいい。
「いいなあ」
すると。
「おや、部屋をお探しですか?」
植木に水をやっていた女性に、声をかけられた。
20歳くらいで、艶のある長い髪、やや幼い丸顔。こんな寒い日だというのに、薄手のブラウス一枚だ。
「わたし、不動産会社の者で山下と言います。ただいま内覧のご希望受付中なんですよ。良かったらいかがですか?」
明るい笑顔、丁寧な態度。
好印象を持った私は、誘われるままに内覧をしてみることにした。
訪れたのは7階の部屋。
彼女はハキハキとした口調で説明してくれた。
「1階はオートロック。管理人も常駐なので安心です」
「ふむふむ」
「建物内にゴミ捨て場もあるから、いつでもゴミが捨てられます」
「なるほど」
「専門業者と契約しているので、ガスや水道のトラブルも即日対応!」
「おお! それじゃあペットの方は?」
「もちろん可!」
「いいじゃないですか!」
「鉄筋コンクリートなので、騒音対策も万全ですよ」
「そうなんですか」
「でもこの前、私が1人の時につい、大声で演歌を熱唱しちゃったときは、さすがに隣から『うるさい』ってクレーム来ましたけど」
「ハハハ! そりゃそうだ」
なんて魅力的な不動産屋さんだろう。
「いつも、ここの担当をやっているんですか?」
「ええ。ずっとここにいます」
「そうなんですね。家賃は?」
「これだけ。管理費も込みです!」
「え? え? 安ッ! なんで、そんなに?」
「さあ、それは……。私共は仲介業者ですので。価格はオーナーさんが決めてらっしゃるんです」
「決めました! ここに決めた!」
「やったぁ!」
ジャンプして喜ぶ彼女。
私は不思議に思って聞いてきた。
「なんで貴方も喜ぶんですか?」
「わたし、お客様が理想の部屋を見つけられる、この瞬間が大好きなんです。とっても嬉しい気持ちになるんですよ。不動産会社って、わたしの天職です。一生やりたい仕事だって思ってるんですよ」
そう言って、彼女は微笑んだ。
※ ※
『8月22日、午後10時25分頃。
○○県××市のマンションで、「人が死んでいる」と通報があった。
ガス漏れの通報を受けた専門業者が、常駐の管理人と一緒に7階の部屋に入室したところ、その部屋に住んでいる不動産会社勤務の女性・Yさんが倒れているのを発見したもの。原因はガスによる中毒、何らかの理由で安全装置が作動しなかったものと思われる。原因は調査中。』
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