アクションスター
ブラーフ・アクタフ。
彼は超一流のアクションスター。
どんな危険なアクションも、スタントマンを使わず撮影し、かすり傷すら負わずにやり遂げる。
すべての女は彼に恋い焦がれ、
すべての男は彼にあこがれる。
彼の出演する映画は、常に大ヒット。世界中で動員記録を塗り替えて、観客はいつも大満足。何度も全米を泣かせてきた。
そのうえ、その創作意欲は衰えることを知らない。
今日もまた、新しい映画の撮影中である。
※ ※
台本を片手に。
「では、次のシーンですが」
監督は、彼の楽屋を訪れた。
「うむ。説明したまえ」
そう言ったのは、ブラーフ・アクタフのマネージャーだ。
この映画の主演男優であるスーパースターは、監督とは顔を合わせず、楽屋として使用しているロイヤルスイートの中央でソファに深く身体を預け、たくさんのスタッフに囲まれて談笑している。
監督は、7メートル向こうの彼をちらと見ながら、言った。
「ビルの屋上から、隣のビルの屋上へ、飛び移っていただきます」
「……本気かね? そんなシーンを撮影するなんて」
「もちろん、安全性には最善の注意を払いますよ。空中には保護ネット、下には極厚の耐衝撃マット、防風のための仮設工事も……」
「そういう問題ではない」
「は?」
「無難すぎる、と言っているのだ。彼は超一流のアクションスター。そこらの自主製作映画や、動画サイトですら見ることができるシーンを撮影するために、彼に椅子から立ち上がるよう求めるなど、私にはとても出来ない」
「はあ」
「脚本を練り直したまえ」
けっきょく、このシーンはカットになった。
※ ※
「では、次のシーンです。炎の中を走り抜けるシーンで、セットのここからここまでを走っていただきます。そして……」
「待ってくれ」
「はい?」
「これは、セットを燃やすのか?」
「ええ。でも、素材を工夫して燃え広がらないようにしていますし、万が一の時のため消化器と消防車も……」
「そうではない」
「は?」
「彼は超一流のアクションスターだ。消化器も消防車も必要ない。だが、セットを燃やすと、空気の温度が上がる。そうすると、彼の顔に汗がにじんでしまうだろう」
「それが何か?」
「今回、彼は『クールでタフな男』という演技プランをたてている。そのプランに、汗は似合わない」
「それならCGで汗を消しましょう」
「馬鹿者! 軽々しくCGに頼るな! いいか、彼は全身全霊をもって演技に臨んでいるのだ! 君も同じレベルで監督の仕事に取り組みたまえ! CGはここぞという時に使うんだ、ここぞという時にな!」
「では、どうすれば」
「火を燃やさずに、そのシーンを撮る方法を考えるんだ」
「……」
「……。コホン!」
「……後からCGで炎を合成します……」
「そうか。君がそうしたいというなら、私はそれを止めないよ」
確かに、消化器も消防車も必要なかった。
※ ※
「では、次です。街中をバイクで疾走するシーン」
「彼をバイクで走らせるつもりか?」
「いいえ、スタントマンを使います。バイクに乗るところだけ撮影できれば……」
「それは駄目だ!」
「はい?」
「彼は超一流のアクションスターだ。スタントマンはけっして使わない。彼は、どんな危険な撮影も恐れないのだ!」
「では、バイクで走っていただけるんですね?」
「……君が、本気でそれを言っているなら、ね」
「もちろん本気です。では2時間後に……」
「待ってくれ。本当に、本気なんだね?」
「ええ」
「本当の本当に?
この映画のあとも、撮影スケジュールは目白押しなんだよ。日米合作のあの大作映画に、あの大人気コミックの初の映像化、あの人気シリーズの続編もあるし、あの名作のリメイクでも主演の予定だ。
もし君が彼にケガでもさせて、その撮影スケジュールが遅れたりしたら――
新人監督の君なんか、配給会社や制作会社からクビを切られるだろうね」
「……」
「また、一部の心ないファンから激し過ぎる批判にさらされるかもしれない。君や、君の1才の娘、妊娠中の奥さんが」
「……!」
「本当の本当に、本気なんだね?」
撮影は行われた。
屋内のスタジオで、
合成用のブルーの背景、
バイクを傾けて固定し、
タイヤを空転させ、
前から送風機で風を起こす。
彼は、撮影準備が整った2時間後に現れ、2時間にわたって自分の映画論を語り、それから2分間だけバイクにまたがった。
撮影は終了した。
映画は大ヒットした。
ど派手なアクションで世界中の興行記録を塗り替え、また全米を泣かせた。
ブラーフ・アクタフ。
彼は超一流のアクションスター。
どんな危険なアクションも、スタントマンを使わず撮影し、かすり傷すら負わずにやり遂げる。
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