『悲報』あの人気マンガ家、違法ポルノで逮捕

 『悲報』あの人気マンガ家、違法ポルノで逮捕。

 そんな文字列がネットを駆け巡ったのは、昨日のことだった。ニュースサイト、SNS、匿名掲示板、まとめブログ。あっという間に情報は拡散し、

 これは、その数時間前の話。


「大変です!」

 とある一室に、血相を変えて男が走り込んできた。

「うちの店が、警察の手入れを受けました! 常連さんが何人か逮捕されてます。中には、あの有名マンガ家も……!」

 男の名は守。

 違法ポルノDVDを販売する、ヤクザだ。

「あぁ、そうか。それは残念だな」

 何気ない調子でそう答えたのは、野田。守の兄貴分である。とうぜんヤクザだ。

 ここはヤクザの事務所。

 ただし、よくある任侠映画などとは違い、その辺の会社と変わらない普通のオフィスに見える。現代ヤクザは経済ヤクザ。折り目正しいスーツを着こなして、整えられた笑顔で、うやうやしく犯罪を行うものなのだ。

「なんで、そんなに落ち着いているんですか!」

 守は恨めしく、野田に駆け寄った。

 けれども野田は、パソコンで株価を確認する手を休めようとはせず、また、温かいコーヒーカップの香りを楽しむのも止めようとはしなかった。たっぷり2分がたってから、野田は答えた。

「大丈夫さ」

 カップを口に運んで、

「あの店に俺たちが関わってる証拠は残してないし、店員や経営者も、ウチの系列サラ金で借金こさえた多重債務者ばかり。逮捕されても問題ない」

「そうですけど! 最近このシノギは、売上げが落ちてたってのに、これじゃ……」

、だよ」

「は?」

「本当に残念なことだよな、あのマンガ家には。でも仕方ないんだ」

「……?」

 守は、野田の意図がわからず困惑した。

 そんな子分の姿に、野田は立ち上がった。

 肩を抱いて、間近で鋭い視線を送り、ささやくように言う。

「守。いずれお前には、もっとでかいシノギを与えようと思ってる。そのためにも、今回のことは覚えておけ」

「……意味がわからないです……」

 ただただ狼狽する守。

「なんで大丈夫なんスか。あの有名なマンガ家が違法ポルノで逮捕されたって事が知れ渡ったら、客は、みんな逃げてっちまうじゃないスか」

「一時的にはな」

 ぎらり。

 野田の目が光った。

「この事件は、大いに報道されるだろう。マスコミ、ブログ、そんなもんに頼らなくても勝手に人から人へ。自動的に拡散していくはずだ。あのマンガ家がいずれ起訴されて、裁判を受け、判決が下り、ところまでな」

「……!」

 ここに来て、守はすべてを理解した。

「これは宣伝なんだよ」

 野田は言う。

「この事件のおかげで、多くの人は知るはずだ。『違法ポルノを扱う店が確実に存在し、そしてそこで運悪く逮捕されても、懲役まではくらわない』ってな。数限りないほどたくさんの人が、それを知るんだ」

「じゃあ、警察に情報を流したのは、まさか……」

 それには答えず、兄貴分のヤクザはにやりと笑った。

「新しい店の立ち上げは、半年後だな。忙しくなるから、それまでに休暇を取って、旅行にでも行っておけよ」

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