有機物

 結婚して、1年目の記念日。

 2人は旅行に出かけた。田舎にある隠れ家的な温泉旅館で、一泊二日。料理は最高、景色も最高。あとは温泉だ。

 満天の星空を見渡せる露天風呂。

 やはり最高だった。

「来てよかったなあ」

「ええ。ゆっくり浸かって帰りましょう。お肌ツルツルになれるわ」

「肩こりや腰痛にも効くらしい」

「でも、ここのお湯はずいぶん黒いわね」

「温泉には、いろいろな成分が含まれているからね。黒い色は確か、が溶け込んでいるんじゃなかったかな?」

「来てよかったでしょ?」

「ああ、従業員のサービスも最高だ。仲居さんは気がきくし、社長さんは親切だ。部屋に案内してお茶まで出してくれた。ああいうのは普通、女将の仕事だろ?」

「そんなこと言ってあなた。噂の美人女将が見られなかったから、がっかりしてるんじゃないの?」 

「何を言っているんだい。僕には、君しかいないよ……」

 そうして2人は、夜を過ごした。

 翌朝も、最高だった。仲居さんが運んできた朝食は、この地方の特産品を集めた豪華料理。社長はわざわざ車を出して、2人を駅まで送ってくれた。

 2人は名残を惜しみながら旅館を後にした。

 そして、一月過ぎても二月過ぎても、度々この楽しい思い出を語り合った。

「ねえ、あなた。この前の温泉旅館。温泉水の通販をしてるんですって」

「最近は、そんなのもあるのか」

「飲むと便秘に効くらしいわよ」

「そりゃあいい。すぐに注文しよう」

 数日後、荷物が届いた。

 ペットボトルに入った透明な水。

「おや? なんで透明なんだ?」

「おかしいわね。あの露天風呂のお湯は、まっ黒に濁っていたのに」


 有機物 

 炭素を含む化合物。例えばペットボトルやビニールなどの包装品、洗剤や化粧品などの薬品、油や酢などの食品、そして生物の死骸も有機物の固まりである。

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