企画もの

とっても美味しい紅茶のいれ方

「どうしたんだ? 連絡もなしで」

 別に。近くに来たから寄ってみたの。邪魔だった?

「いやいや。自分の彼女が家に来て、邪魔だなんて言う奴いないさ」

 じゃ、上がらせてもらうわね。

「あ、おい」

 やっぱりいいマンションよねぇ、ここ。間取りは1Kだけど広いし、キッチンは綺麗だし……このバスルームも……このトイレも……洗面所も最新設備。このクローゼットも広いし!

「おいおい、物件内覧してんじゃないんだから」

 そして、このベランダからの眺め! 日当たりもいいし、最高だわ。

「それなら、しばらくここで、2人で景色を見ようか」

 そうしたいところだけど。

「おぉ! 部屋に戻るのか!」

 なに大きな声出してるの?

「な、なんでもないよ」

 あら、そう。

 あのね、お土産があるのよ。美味しいクッキーと、紅茶を買ったの。ティーバックじゃなくて、本格的なお茶っ葉のやつなんだから。あなたは紅茶が好きよね。早速いれてあげるわね。冷蔵庫にミネラルウォーターあるかしら?

「待て! 冷蔵庫を開けるな!」

 ……どうしたの。

「まさか、君……ペットボトルの水で紅茶を入れる気じゃないだろうな?」

 そうだけど。

「わかっちゃいないな。美味しい紅茶を入れるには、水道水の方がいいんだ。空気を大量に含んでいるからね」

 へえ。知らなかった。

「いい機会だから、教えてあげるよ。とっても美味しい紅茶の入れ方」

 お願いするわ。


「まずは、水道水を勢いよく出す。このときにも、空気が水によく混ざるからね」

 ふーん。

「水を火にかけて……と。沸騰するまでのあいだに、ティーポットを温めよう」

 なんで?

「お湯の温度を保つためさ。冷たい容器にお湯を入れると、一気に冷めてしまう。おいしい紅茶をいれるには、95度から98度の高温が必要なんだ」

 なるほどね。

 ティーポットは流しの下だっけ?

「ああ! 僕が出すよ! この前ゴキブリがそこにいたんだ、退治したけど、まだ他にいるかもしれない」

 あら! ……優しいのね。

「愛する君のためなら、当然さ」

 わー。うれしー。お湯が沸いたわよ。

「よし。それじゃあ、温めたティーポットに茶葉を入れよう。そこにお湯をそそぐ。このときも、勢いよく入れるんだ。そうすると、茶葉がお湯の中で動いて、成分が抽出されやすくなる。これが『ジャンピング』だ」

 へえー。

「おい、どこ見てるんだ。ちゃんと、こっちを見てくれよ」

 ごめんごめん。

「このあとが、一番大事なコツなんだ」

 どうするの?

「ティーポットをベランダまで持って行って……ここで、日光に当てる!」

 は?

「こうやって、頭の上にかかげるんだ。そして3分間、太陽に向かって語りかける。『太陽さん、紅茶をおいしくして下さい。紅茶をおいしくして下さい』ってね! さらにこのとき、絶対に太陽から目を離してはいけない。そうすることによって……ええっと……太陽のアライアンスが、エナジーになって、紅茶のパッションをインプレッション化するんだ!」

 意味がわからないわ。

「これを『フェンベチェング』と言う!」

 聞いたことないけど。

「さあ、やって! 絶対に太陽から目を離すなよ! けっして後ろを振り返るんじゃないぞ!」

 やだ。 

「え?」

 道路から人が見てるもん。あなたが、そのままやってて。

「……うん」


 わ! おいしい!

「そうだろう、そうだろう」

 いれ方だけで、こんなにも紅茶っておいしくなるんだね。

「分かってもらえれば、嬉しいよ」

 誰に教わったの?

「え! 何でそんなことを聞くんだい! ね、ネットで調べたんだよ」

 ふうん。勉強してるんだ。でもね……。この紅茶を、もっとおいしくする方法。私は知ってるよ。

「?」

 それは……ミルクを入れること!

「あ! 冷蔵庫を!」

 ……。

「……」

 これは何?

「……いや、それは……」

 何で冷蔵庫に、ピンクのハイヒールがつっこまれてるのかしら?

「それは、その……」

 何でバスルームに、私より長い髪の毛があったのかしら? 何で洗面所に、私の使わない付け睫毛が落ちてたのかしら? 何でベランダに、私たちが吸わないたばこの吸い殻が捨てられてたのかしら?

「あ……う……」

 流しの下で、息を潜めてるのは誰かしら? おいしい紅茶のいれ方の次は、それを私に教えてちょうだいよ。






※「紅茶」がテーマの企画用

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