不磨の靴

 ここは、倉庫だ。

 大きさは軽自動車がギリギリ入るくらい。ガッシリとした骨組みと堅いコンクリートブロックで造られていて、とても頑丈だ。きっと象が暴れたって、この倉庫は壊せないだろう。

 そこには、椅子が1脚だけ置かれていた。

 私は椅子に座っている。季節に合わせて選んだ桜色のワンピースを着て、白いカーディガンをはおり、赤い靴を履いて。

 私の靴はすり減らない。


 顔を上げると、天井近くに小窓があった。

 分厚いガラスがはめられた、頭を通すことさえできない小窓だ。そこから見えるのは、どこまでも高く透明な空。黄色く染まった葉っぱをつけた木の枝。そして、そこを横切る1匹のアカトンボ。

 私の靴はすり減らない。

 

 私はただ、椅子に座って小窓を眺め続けていた。空はやがて闇になり、丸くて黄色い月が浮かんでくる。

 そこに突然。

 2つの目玉があらわれた。

 ビクッとして私は立ち上がる。椅子を蹴飛ばし、逃げた。ガシャン! 溶接された扉を背に、縮こまって小窓を見やる。

 目玉は私を凝視し続けていた。

 聞こえてくる鼻息。

 私は闇の中で、ぶるぶると震えた。どれくらいの時間そうしていただろう? やがて2つの目玉は、小窓を細く開けて、袋に入った菓子パン3つとペットボトルの水を放り込むと、どこかに消えてしまった。

 目玉がもういないことを確信してから、私はパンに飛びついた。

 2日ぶりの食事をむさぼり食う。そしてペットボトルの水を飲み干すと、床にへたり込んで、大きく息をついた。

 ふと、見上げると。

 いつのまにか、倉庫の中をアカトンボが飛んでいる。窓が開いた隙に入ってきたのだろうか。

「かわいそうに……」

 私は呟いた。

 自慢だったショートカットは、肩まで伸びた。

 私の靴はすり減らない。






※「秋」「倉庫」「不磨」のお題短編


 

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