日本シリーズ

 日本シリーズ、9回裏。ジャイアンツとタイガースの伝統の一戦は、5対5の同点であった。

 2アウト満塁、バッターは4番。

 ピッチャーの竹田は、キャッチャーのサインに首を振った。

(カーブはダメだ)

 敵チームの4番、岩村は高校の同級生。同じ釜の飯を食った仲だ。好きなコースから苦手な球種、カーブを狙っているときに左腕の高さがわずかに下がるクセまで知っている。

 ここはストレートで勝負だ。

(オレの人生を賭けた1球! 打ってみろ!)


 バッターの岩村は、バットを持つ左腕の高さをわずかに下げた。

(オレがカーブを狙うときのクセだ。竹田なら、とうぜん気づいてる)

 高校の同級生。今のチームに所属してからは、対戦相手として何度も相まみえてきた。自分のことは、何でも知られている。

(なら、それを利用してやるぜ)

 カーブ狙いの体勢でストレートを打つのは難しいが、いまは同点の最終回。当たりそこねのヒットでも、サヨナラ勝ちなのだ。

(俺の人生を賭けた1打! 必ず打ってやる!)


(岩村は、ストレートを狙ってる)

 キャッチャーの岡村は気づいていた。打席に入ってからの不自然な挙動、視線。わずかな変化を見逃さなかった。

(……なら、それを利用してやるさ)

 あえてストレート。

 ただし真ん中ではなく、高目に外したストレートだ。狙っているなら、たとえ外れていても振ってしまうだろう。そうなれば空振り、バットに当たったとしても凡フライだ。

(俺の人生を賭けた配球だ!)

 

 カウントは、3ボール2ストライク。

 正真正銘、最後の1球。

 ピッチャー、振りかぶって――投げた!


「うわアカン! ど真ん中いってもうたぁぁぁぁ!」

「狙いどおり! だったけど空振ったぁぁぁぁぁ!」

「ざまあみろ! とか思ってたら捕ったボールこぼしちゃったぁぁぁぁ!」

「その隙にランナーの僕がホームインしてやろうとしたらコケたぁぁぁぁ!」

「ボール拾って投げたら送球それたぁぁぁぁ!」

「それ追っかけてたらボール蹴っちゃってさらに遠くへいったぁぁぁぁ!」

「なんとか立ち上がったけど足ひねって痛ァい!」

「やっとボールに追いついた!」

「走れ! 走れ! なんとか走れ!」

「ボールよこせ! タッチだ!」

「ホームイン!」

 結果は。

「セーフ!」

 わっと選手たちの中から歓声が上がった。勝ったオッサンたちは喜びを僕発させ、負けたオッサンたちは悔しがる。

 それを見て、観客席の奥様連中は日傘の下で言い合った。

「あらあら、しょーもない勝ち方ねえ」

「なにやってんのかしら、ウチの旦那」

「これで終わりなんですか? 野球って」

「そうよ。せっかくの休みの日に、2時間もダラダラと……ったく」 

 今日は年に一度の草野球。

 10年以上続く、日高商店街ジャイアンツと本橋地区タイガースの伝統の一戦、通称「日本シリーズ」だ。

「ねーねー、パパたち勝ったの?」

「そうよ。お兄ちゃん呼んできなさい。これから竹田さんとこのお寿司屋さんで、みんなでご飯食べるから」

「じゃ、ウチの娘お願いね。先に帰って準備しなきゃ」

「あたしも手伝うわ。ケンタも一緒に頼める?」

「いいわよ。ウチの車、7人乗りだから。タカシ-! マサユキ-! いつまで遊んでんの!」

「まったく、子供は走り回ってるだけで楽しそうね」

「あっちにいるのも、子供みたいなもんだけどね」

「ずいぶん可愛くない子供ねえ」

 秋の夕暮れ、河川敷のグラウンド。奥様連中の視線の先には、無邪気な笑顔ではしゃぐオッサンたちがいた。

 愛する家族の前で、仲間と一緒に、おもいきり大好きな野球をやる。

 それは彼らが人生を賭けて手に入れた、宝物のような時間だった。

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