麻雀もの
コンビ雀
牌を捨てた後、次がとるまで見送ると、いつもの瞬き4回点滅。
テ・ン・パ・イのサイン。
「な(七)んか……負(萬)けそうだな」
すかさず正面に座った女が、自分の牌の中から1枚捨てた。
『七萬』だ。
「お、いただき!」
自然な演技で声を上げ、俺は牌を倒した。
「ロン! 満貫! 8000点! これで俺がトップだ!」
あああ、と麻雀卓を囲んだ他の3人がため息をつく。
正面の女は口をとがらせ、悔しそうな表情をつくっている。右の席のサラリーマンはさっさと牌を崩して次のゲームに備え始めた。左に座った大学生は、考え込むように頭を沈めている。
女をチラリと見て。
俺はニヤリと笑った。
(よくやったぞ)
女は視線を合わせないが、こっちのメッセージは伝わったはずだ。
俺と女。
2人はコンビ。
無関係なフリをして別々に雀荘に行き、偶然を装っておなじ卓に着いて、こうやって賭け麻雀で他の客から金を巻き上げているのだ。2人で協力して役をつくっているのだから、負けるはずがない。稼ぎは上々だった。
(こりゃ、今日も楽勝だな)
今日の獲物は右のサラリーマンだ。高そうなスーツに革靴、夏のボーナスが入った財布はパンパンだった。
(あれを全部、俺の物にしてやる)
俺は勢い込んで、次の局に望んだ。
親は自分。点数はトップ。親は得点が1.5倍になるから、ここでさらに引き離しておきたい。
(よし、イイ牌が来たぞ)
高得点を狙えそうだ。俺は早速、女に『萬』の牌を集めろと指示を出した。もちろん声には出さず、耳のピアスを触るサインによって、だ。
だが。
「ロン、“リーチのみ”1000点」
安い役で、サラリーマンが大学生からアガり、チャンスは潰された。
(くそ! 大学生め! 不用意な牌を捨てやがって!)
次の局は、サラリーマンが親だ。
(安くてもいいから、あがるぞ。親をツブすんだ)
また指示を出す。髪をかき上げて「YES」のサインを返してくる女。俺は、『東』を3枚集めるだけの役をつくることにした。
2枚あるから、後1枚。
「と(東)りあえず……必要なのはこっちかな」
サインを送る。
返ってきたのは唇を触る「NO」。
(ち! 使えねえ女だな!)
と、そのとき。
「ロン! “小三元”、ドラ2。1万2000点」
サラリーマンが、大学生の捨てた牌『中』でまたアガッた。
トップを逆転されてしまった!
「ぐっ……」
唇を噛む。
けれども、俺は見逃さなかった。
大学生が自分の牌を崩したとき、その中に、2枚の『中』があったのだ。
(3枚揃って役になってるのに……1枚を捨てた。何故だ?)
理由は1つ。
(こいつらも……コンビだ!)
アガッたので、またサラリーマンが親だ。
調子よく、さらに2連続でアガられる。
これで合計、6万点。サラリーマンが圧倒的にトップだ。
2位は俺で、3万点。
女と大学生は同点で、5000点。
(マズいな……)
コンビ同士で見れば、3万点差。これを一発で逆転しようと思えば、3万2000点の“役満”をつくるしかない。
(そう都合良くいくわけねえし……)
ところが、奇跡が起こる。
次の局、最初の手牌に『中』『白』『発』が2枚ずつあったのだ。あと1枚ずつ手に入れば、“役満・大三元”の完成だ。
(行けるか?)
サラリーマンが、『中』を捨てた。すかさずポンして手に入れる。さらに次の自分の番、引いたのは『白』。とんとん拍子で他の牌も揃っていく。
テンパイ。
残るは『発』が1枚だけだ。
(『発』はあるか?)
俺はサインを送った。
女の返事は『NO』。
(クソが、クソが! せっかくのチャンスに!)
やっぱり、使えない女だ。
なかなかの巨乳だから付き合ってやっていたが、もうこんなクソ女には飽き飽きだ。今夜の麻雀が終わったら、捨ててやる。俺の腕があれば他の奴とコンビを組んでもやっていける。
そうだ。
俺の腕があれば、ここで、自分で『発』を引ける!
(来い!)
執念を込め、牌をつかむ。
『白』!
(ぐっ! 『白』はもう、いらねえんだよ!)
俺は牌を投げ捨てた。
「ロン」
「え?」
「ロン。“役満・四暗刻”、3万2000点」
サラリーマンが、牌を倒していた。
※ ※
「ありがとよ」
とあるバーで。
サラリーマン風の男は、隣の巨乳女に、数枚の札を渡した。
「おかげで儲かったぜ」
「礼を言うのはこっちよ。あいつとのコンビには、正直うんざりしてたの」
女が髪をかき上げる。
「サインもろくに覚えられないし、演技はヘタクソ。麻雀はもっとヘタクソ。あたしのサポートがなけりゃ何にもできないくせに、最近はドンドン態度がでかくなってきて、彼氏ヅラまでし始めたんだから」
「最後の『白』。あれはお前さんが仕込んだんだろ?」
「目の前ですり替えたのを、気づきもしないんだからね。別れて正解だわ」
「オレも、あのバカな大学生に辟易していたところだ」
2人は微笑み会い、グラスを交わした。
「あたしたち。いいコンビになれそうね」
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