九蓮宝燈

 九蓮宝燈チュウレンポウトウ

 同じ種類の牌を、

 「一一一二三四五六七八九九九」

 の形で揃え、そこへ、また1つ同じ種類の牌を加える麻雀の役だ。

 特殊な役を除いては、いちばんアガるのが難しい最難関。もしアガったなら、死ぬと言われているほどだ。

(けれど、俺は狙う)

 アキラは牌をとった。

(狙わなければならない)

 それは3枚目の「一」。

(もし九蓮宝燈をアガったら……彼女にプロポーズするんだ!)


 場末の雀荘。

 時刻は深夜。

 客はまばらで店員は1人。カウンターでグラスを磨いているマスターだけだ。

「おう、マスター。ウイスキーや」

「こちらの方じゃないようですね。当店は初めてで?」

「出張のついでに寄ったんや。東京モンはぬるい麻雀打ちよるな。おかげでガッポリ稼がせてもろうたで。同卓の3人とも、財布が空になって終了や。……残っとんのは一卓やな」

「ウイスキーです」

「なんや。あの兄ちゃん、えらい気合い入れて打ちよるやんけ」 

「アキラくんですね。毎週末ここで打ってる常連ですよ。もう3年になるかなあ。彼はいつも必死に打つんです。なんか麻雀に願掛けしてるそうでね」


(もし……九蓮宝燈をアガったらプロポーズ!)

 アキラは悲壮感に包まれていた。

(彼女と結婚!)

 それは、3年間付き合っている彼女との約束だ。

(なんとしても九蓮宝燈を……)

 その手牌は、13枚中マンズの牌が12枚。

 一一一二三四五六七八九九。ほか1枚。

(どうだ!)

 歯を食いしばって、牌を引いた。

「あぁっ!」

 九だ!

 これで手牌の12枚がすべてマンズ。

 一一一二三四五六七八九九九!

 あとはマンズのどれかが出れば、それでアガリ。九蓮宝燈だ!


 ゴクリ。

 つばを飲んで、卓を見る。

 捨てられている牌の中に、マンズは少ない。アキラがマンズ牌を集めていることがばれて、他の3人がマンズを捨てないようにしているのだ。そんな調子でもう4巡が経過している。

(捨て牌ではアガれねえな)

 ふっと息をつきながら、アキラは思った。

(あとは、自分でマンズを引かなきゃ……)

 目をつぶって、牌を引いた。

 おそるおそる目を開ける。

 違う!

「ぷはぁっ!」

 あと1巡。

 次でマンズを引かなければ、九蓮宝燈は完成しない。

(完成しないんだ!)

 1人目、2人目、3人目。

 牌を引いて、捨てて、変化なし。

 最後の1牌!

「へやぁぁぁぁぁ!」

 「一」! マンズだっ!

「うおおおおおお!」

 思わず立ち上がり、勢いで卓を蹴ってしまうアキラ。その拍子に牌が倒れ、その手牌がさらされる。

「うひゃあ!」

「マジかよ!」

「すげえ!」

 九蓮宝燈だ!


「うわあああああああ!」

 アキラは大声を上げ、その場に倒れた。

 同卓の3人が慌てて駆け寄るが、それを制したのはマスターだ。

「アキラ。良かったな」

 倒れたままのアキラに語りかける。

「約束したんだろ? 彼女と。九蓮宝燈をあがったらプロポーズするって」

「プロポーズ……」

「結婚おめでとう」

「結婚……」

「俺も嬉しいよ。44歳になった娘の花嫁姿が、ようやく見られるのは」

「嫌だぁぁぁぁぁぁ!!」

 アキラは走り出した。

 出口に向かって。

 しかしマスターは、そんなアキラをつかんで組み伏せ締め上げる。

「だったら300万の借金返すか? おぉ? 逃がさねえぞ。毎週末、俺の雀荘で九蓮宝燈だけ狙って打って、アガったら結婚する。約束だろうが!」

 九蓮宝燈。

 アガったら死ぬといわれている役である。

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